横浜シティアートネットワーク(YCAN)、キックオフ・パーティ開催
7月23日(土)、「BankART 1929」3Fの1929スペースで、横浜シティアートネットワーク(YCAN)のキックオフ・パーティが行われました。
この日は、横浜を拠点とする市民インターネットラジオ局「ポートサイド・ステーション」の公開録音「ポートサイド・ステーション・サロンVol. 2」との二本立て。
この公開録音自体がさらに二部構成となっていて、第一部は、横浜トリエンナーレ2005にも出展するSoi Projectの木村和博氏と遠藤治郎氏がゲスト。第二部のメインゲストは、横浜トリエンナーレ2005総合ディレクターの川俣正氏。開幕まであと二ヶ月ほどに迫ってきた横浜トリエンナーレ2005の最新情報を生で聞けるまたとない機会となりました。
「ポートサイド・ステーション・サロンVol. 2」公開録音
第一部 「Soi project」って何?
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公開録音第一部のDJは、はまことりメンバーで画家の井上玲さん。まず、キリッとしたシャープな語り口の井上さんから、ゲストの遠藤氏、木村氏にSoi projectとは何でしょう、と問いかけが。これに遠藤氏、木村氏が息の合ったコンビぶりで、かわるがわる飄々と答えていきます。トークの合間に、タイで注目のインディーズバンドのヒット曲が紹介される、という進行。
予備知識をほとんどもっていなかった私には、最初は内容がよくわからなかったのですが、説明を聞いているうちに、Soi projectのあらましが何となくつかめてきました。タイのバンコクと東京の両方を半分ずつ拠点として活動している建築家の遠藤氏とタイと日本の音楽やアートなどを相互に紹介する活動を行っている木村氏がとりまとめ役となって、トリエンナーレの期間中、タイの最新のアートや音楽をはじめとする現在進行形の文化状況をヨコハマに出現させてしまおう、というプロジェクトなのです。
Soi projectの参加メンバーは、映像作家のWit Pimkanchanapong(1976年タイ生まれ、バンコク在住)を中心とし、アニメーション作家・ミュージシャンのWisut Ponnimit(1976年タイ生まれ、神戸在住)、造形作家のAngkrit Ajchariyasophon(1976年タイ生まれ、チェンライ在住)らいずれも同年代の若手アーティストたち。アーティストがそれぞれの作品を発表するとともに、やはりトリエンナーレの期間中にSoi Music Festivalという音楽イベントが行なわれます(10月29・30日、BankART Studio NYKにて)。
SOIとは、タイ語で「路地」のこと。このプロジェクトは、バンコク市内のSOIの一角に集まるアーティスト達が、音楽やアートを介してつながり合い、多ジャンルにまたがって活動している、現在のバンコク・アートシーンを視覚化するものです。
ちなみに、遠藤氏と木村氏は、昨年、バンコク(9月)と東京(10月)でそれぞれSoi Music Festival Bangkok、Soi Music Festival Tokyoを開催して大成功を収めています。今回の公開録音でも、タイのインディーズで大人気のロックグループの音楽を流しながら、Soi projectに参加するそれぞれのアーティストの作品をスライドを使って紹介してくれました。参加作家の一人Wisut Ponnimitの漫画のキャラクターにはDJの井上さんが思わず「かわいい」と反応。続いて紹介されたPinaree Sanpitakさんという女性アーティストの作品は、こぶし大くらいのさまざまなオブジェがみんなおっぱい型(キッスチョコに近い形)になっていて、中にはおっぱい型の料理の品々も(おにぎりなどのスナックフードが数種類)。それ自体インパクトがあるし、意外性もあって楽しめます。
横浜トリエンナーレ2005の会期中は、メイン会場に7つのハコをつなげたような構築物をつくるということです。遠藤氏、木村氏によると、これは、意外なものどうしが面白いつながりをもっているけどあんまり全体の統一感がないタイのアートシーンの特徴を示しているそうです。
とにかく、タイのアートや音楽を体験してみるには、Soi projectへ。ここへ行けば、タイ・バンコクの「いま」を通して、横浜や日本の「いま」が見えてくるでしょう。
第二部 「横浜トリエンナーレ2005」の楽しみ方
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続いて、公開録音第二部は、ゲストに「横浜トリエンナーレ2005」(以下「トリエンナーレ」)総合ディレクターの川俣正氏、YCAN推進委員会委員長の羽月雅人氏を迎えて行われました。司会は、市民インターネットラジオ局ポートサイド・ステーションの和田昌樹氏。
まず、司会の和田氏から、「トリエンナーレでは、何が行われるのか」、「市民はどうやって楽しめばよいか」。次いで、羽月氏から、「トリエンナーレはまだまだ市民に知られていない。関係者だけが注目する催しでなく、市民主体のトリエンナーレにするしかけは?」との問いが投げかけられました。
これに対して川俣氏は、「これまでの展覧会と違って、いろいろな楽しみ方があるので、ぜひ関わり方の密度を濃くしてほしい」と、いつもと変わらぬやや早口な口調で、企画の進行状況や今後の見通しをざっくばらんに語ってくれました。
以下、川俣氏の話を少しずつダイジェストして紹介すると――。
今回、トリエンナーレのサポーター(市民ボランティア)を募集したところ、800人もの人たちが集まった。これだけの人が集まってくれたのは非常に心強い、と川俣氏。サポーターの人たちには、まず、8月7日に説明会が行われる。メイン会場となる巨大な倉庫の、何にもないだだっ広い空間をサポーターの人たちに見てもらうところから始めて、その何もないところに建築物が建てられ、80日間にわたっていろんな展示やパフォーマンスなど行われ、そして、全部の会期が終わって(12月18日まで)、12月末に撤収するまで、ここで起こることについてサポーターの人たちとなるべく「時間を共有したい」、「一緒に関わりたい」というのが川俣氏の考え方です。
トリエンナーレの楽しみ方について、川俣氏は、「メイン会場が倉庫という非常にラフな空間なので、通常の美術館ではやれないことをやろう、というのが基本」といいます。「これまでは、美術館へ行くと、騒いじゃいけないし、子どもも走り回ってはいけないと言われるようなあり方で美術界というものが成り立ってきたけれど、そういうことでなくて、もっと自由でいい。」
ここで、川俣氏から、中学生以下は入場無料としたことが強くアピールされました。
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(「アートサーカス-日常からの跳躍」)
今回は、テーマが「アートサーカス-日常からの跳躍」。参加アーティストは、最終的に30カ国・地域86名が決定したとのこと。最年少は20代半ばから最年長は68才まで。
サーカスと言えば、フランスからはこのテーマを体現するとも言える人気のサーカス(ダニエル・ビュランとサーカス・グループ「エトカン」のコラボレーション)が来日します。
ここから少し、制作面の裏話が披露されました。実は、この公演は、トリエンナーレ会場にテントを張って行われますが、実現までにかなりの難関を突破しなければならなかったそうです。というのも、通常、海辺の風の強いところではテントは建てられません。今は規制が以前よりかなり厳しくなっている状況で、それをクリアするのが大変だったということです。ところが、このテント劇場の客席数は400名くらいで、パフォーマンスの回数はたった5回の予定。当然、チケットは大変な争奪戦になることが予想されますが、川俣氏は、「ここで私が言っていいのかどうかわからないが」と言いつつ、「料金はもしかしたら無料になるかも知れない。そうなったらあっという間にチケットがなくなってしまうので、トリエンナーレのウェブサイトを見逃さないようにしていただきたい(笑)」。つまり、チケットの扱いは、最終的にはまだ決まっていないのです。こういう具体的な事例からも、入り口でチケットを単純にチェックすればよいという普通の展覧会とはまったく違い、とにかくさまざまな要素がからんでくるので、決めなければいけないことが次から次に出てきてスタッフはてんやわんや、という事情が容易に想像されます。
(トリエンナーレは何を残すのか)
今回、川俣氏がディレクターを引き受けた時点から開催まで9ヶ月しかない、という異例の状況でした。川俣氏も当然それを承知の上で引き受けたのですが、前回(2001年)の第一回トリエンナーレからの蓄積がない、というところが一番困る点だとか。とにかく、横浜市(役所)の中で前回関わった人がほとんどいない、というのです。
川俣氏は、「やはり、継続性が大事」と指摘し、例えば、人材養成のしくみとして「トリエンナーレ学校」を継続してはどうか、という考えを披露しました。実際、目の前のトリエンナーレが終わると、(何もしないでいると)すぐに3年後が来てしまいます。
そこで、今回、ひとつの試みとして、旧関東財務局(中区役所の隣のビル)に横浜トリエンナーレに関する広報資料等を展示するプレゼンテーション・ルームをつくったそうです。トリエンナーレの準備から開催中の活動を記録し資料として将来にわたって保存活用をはかるトリエンナーレ・アーカイブも整理されつつあります。
また、川俣氏がこの3月まで在職していた東京芸術大学の大学院(映像研究科)がちょうど横浜に開校したので、何か一緒にやってもらおうと思い、芸大大学院の学生による「横浜トリエンナーレ2005」のメイキングのドキュメントの制作を依頼したとのことです。
ここで、和田氏と羽月氏から、日本の文化行政にはノウハウや人脈を蓄積していくシステムがない、あるいは、トリエンナーレも「イベント」化しているのではないか、など、いくつかの問題点の指摘があったのに対して、川俣氏はそれらの点にある程度同意しつつも、「行政を批判するのは簡単だが(中略)、国際展をやろうと考えること自体が貴重だ」と応じ、さらに、たとえば行政との折衝なども、面倒なだけではなく当然必要なことで、そういうところに民間の人材を育てることが重要だと述べるなど、あくまでも前向きです。
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(「とんでもないこと」をやっているアーティストに出会ってほしい)
ディレクター就任以降、川俣氏自身にとっても、アーティストにこんなにたくさん会う機会は初めてだったそうで、いろいろなアーティストに会って、「とんでもないことをやっているアーティストがいると改めて思った」といいます。何かわけのわからない、「アートとしか言えないもの」がある。そして、そういうものにふれると「元気になる」、と。
そんな中からひとつの例を紹介すると、トリエンナーレ会期中、山下ふ頭の倉庫の天井や壁を使って、会場内のあちこちでロック・クライミングを行うことを計画しているアーティストがいるそうです。濱トリ版「スパイダーマン」とでも呼べる光景が会場で見られるかも知れません。
さて、ここまでで、川俣氏のトリエンナーレの成功に向けての強い意欲が読者の方々にも感じてもらえたでしょうか。この項を終えるにあたって、今回のトークの中から、川俣氏の「ぜひ会場に来てほしい」という思いが感じられた言葉を集めてみました。
曰く、今回のトリエンナーレは、朝から日没後まで楽しめる。会場からの景色がすばらしい。夕景もきれい。とにかく広いので、会場でボーっとしててもいい。いろいろな関わり方があっていい。半分くらいは寝ててもいいから(笑)、そこにいることを楽しんでほしい。何回か来ると違うところに気がつくかも知れないし・・・。
そして最後に、「ぜひ、子どもと一緒に来てほしい」と川俣氏は付け加えました。
公開録音の後、この日の大トリは、YCAN推進委員会の主催によるパーティ。これまで推進委員が集まって何度も会合を重ね、いよいよ市民主体の横浜のアート活性化に向けて本格的に動き出します。推進委員には、これまで横浜でアート活動を続けてきた人もいれば、普段さまざまな市民活動で活躍している人もいます。パーティでは、参加者に向けて、YCANの活動紹介と会員募集のPRが行われました。横浜以外の住んでいる人も含めて、市民がアートをもっと楽しめるような活動の場を広げていくためのきっかけづくりがこれからのYCANの活動になるでしょう。「はまことり」もぜひ協力して、横浜の街をアートでもっと面白くしていきたいものだと思います。
(取材・文=はまことり/曽田)
(撮影=はまことり/AQIRA TANAVE)
投稿者 sota : July 27, 2005 10:50 PM
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comments(1)
曽田さん! とてもきれいにまとめましたね。さすがです。ラジオの方がテキストより遅れているのはなぜでしょう?
答えは、ファイル容量が大きすぎて、どう分割すればいいか困っているのです。もうちょっと待ってください。
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