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August 09, 2005

加藤種男さんへのインタビュー

横浜市芸術文化振興財団専務理事・事務局長をはじめ数多くの役職を兼任され、文化芸術発展のため尽力されている加藤種男さん。加藤さんに「横浜トリエンナーレ2005」の見どころや、YCAN・これからのアートへの期待についてお話を伺いました。


加藤種男(Taneo KATO)
1948年生まれ。現在、財団法人横浜市芸術文化振興財団専務理事・事務局長、財団法人アサヒビール芸術文化財団事務局長、社団法人企業メセナ協働会研究部座長、文化経済学会理事、日本NPO学会理事、日本NPOセンター評議員、埼玉県芸術文化振興財団理事などを務める。アサヒビールのプロジェクトとして、アサヒ・アート・フェスティバル、ロビーコンサート、文化・音楽講座、芸術活動など多彩な活動を展開。

はまことり(以下H):今回の横浜トリエンナーレ2005の魅力は何だと思われますか?
加藤さん(以下K):川俣さん(総合ディレクター)が「アートサーカス」ということばをテーマにしたことですね。アートというのは今まで高みにあり、「一人の天才的なアーティストをわれわれ一般人が押し戴いて見る」みたいな構造だった。そうでなく、(川俣さんは)アートは誰でも楽しめるサーカスみたいなものだ、と伝えたいのでしょう。本当にサーカスも連れてくるわけでしょ(笑)。アートの敷居を低くして、ヒエラルキーを無くす。この考え方は非常に良いと思いますよ。
それを前提として、「アートと産業の結びつき」を視野に入れていることも重要な点ですね。今回は作品をオークションにかけて販売も行う。その発想は、まさに「アートと産業の結びつき」を視野に入れていると考えられます。
文化産業は現在、建築業にわりあい拮抗していると言われていますが、残念ながら東京に一極集中してしまっている。しかし、これを地方へ分散することが可能ならば、そこでの社会や経済、生活全般においての様々な領域を拡大、発展していくことができるのではないでしょうか。もし、文化が公共事業の中心になれば、従来の土木建築のように他の領域へ波及していくでしょう。文化産業が主導して発展している地域で、具体的にどのような経済効果がもたらされているか明らかになると、横浜の都市の活性化においても何をやるべきかが見えてくるのではないかな。そういったことまで視野に入れて、横浜トリエンナーレには意味があると思っているのです。
この二つが今回の横浜トリエンナーレにおいて重要なところでしょう。

H:それではトリエンナーレに期待することとは?
K:私が特に期待しているのは、市民と一緒に作るようなプロジェクトや作品をできるだけ増やしてほしいということですね。川俣さん自身、これまでそのようなやり方で多くのアート作品を作ってきているんです。もちろん、ある程度設計はするしプランもあるが、それ以上に、現場でこうしたい、というものがあれば変わってくる。そこを共有できるのが「川俣流」です。今回、彼は自分の作品は作らないが、トリエンナーレ全体が彼とアーティストたちとの、そして市民との共同作品みたいなものになれば、と思います。
市長は「コンテナの作品を見ただけでわくわくする」って言っていたけど、わくわく感があるということはサーカスの良さでもあり、敷居の低さでもあって、市民の参画につながるんじゃないかな!

H:YCANの今後の展望はどのように思われますか?
K:プロジェクト経験を積んだ上で、NPOを作ってほしいですね。「こういうことが自分はやりたかった!」と(それぞれが)思ったことを目的とするNPOを作ってほしい。ただし、そのときにぜひ考えてほしいのは、キャリアのある人が、ない人に教えないでほしいということです。ボランタリーな組織で非常に重要なことは、自発的な意志を尊重することです。説明してしまうと、自分で考えなくなってしまう。特にアートなんて説明するものじゃないから、自分の目で見て、自の頭で考えてほしい。NPOにもいろいろあるが、お互いに関係はフラットで、議論して納得しあったことを決定し、それぞれが責任を分担しあってやっていくのが理想ですね。
しかし、いつも今のようなことを「よく人に言っていられるなあ」と思いながら言っているんですよ。なんでも口を出したいほうなのでね。いつも結構我慢してるのですよ(笑)。

H:海外の若者と、日本の若者のもつアートとの距離感に、大きな違いがあるように感じるのですが。
K:海外、特に欧米の若者は生活の中にアートが浸透している。例えばベルリンの結構過激な展示をしている現代美術館の中庭に、カフェがあるんですよ。ここにはものすごい数の若い人が集まって作品を見ているし、もちろんカフェも満員。これは日本ではあまり見られない現象ですね。
まず、アートがあるところには必ずカフェが有る。これが大事なんです。人がコミュニケーションをとりたいと思うような、行ってみたいと思うような場所を作ることが必要なんですよ。アートとカフェ、その両方を提供しなければ、生活とアートとの距離感を縮められないということが一ついえる。
あとは、ベルリンの若い人はアートへの理解があるということです。でもオタクアートが存在するように、領域が違うだけで、日本の若者にとってもアートは遠いものではない。マンガやアニメ、ポップミュージックなんかは日常生活の中に溢れているわけで、十分楽しまれている。
しかし、アートそのものの大きな違いとして、社会性の有無があげられます。これはものすごく重要な点ですね。日本のアートは社会性が希薄です。言い換えればわれわれ日本人は社会的関心がなさすぎるということです。そこが海外との大きな違いであり、残念な点ですね。

H:最後に、日本のこれからのアートに対してひと言お願いします。

K:私は多くの人たちに、アートを通して「創造体験」をしてほしい。創造的な体験をするかしないかは、人間にとって根本的な差となります。
アートとアートでないものの境にあって、作り手と受け手の関係が曖昧なアート、このようなアートをマージナルアートというのですが、このようなアートを重視していくべきでしょう。こういうものの中にアートの糧があるのです。そういう意味では、マンガやアニメというものが相当マージナルアートに近づいてきていること、それは非常にいいことです。中学生が絵文字なんかを使ってやり取りしている携帯メールなんかも、ほとんど意味は分かりませんが、「どうしてもこの思いを伝えたい」といって発明されるものであって、表現として可能性を秘めていると考えています。そういうものともっとアートが接点を持っていくことで世の中は変わるなと。さらにもっともっと、掘り下げていかないとなりませんがね。これからの若い世代に期待しています!

(Interviewed by mariko)


投稿者 mariko : August 9, 2005 02:08 PM

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