向井山朋子インタビュー "Can you hear me?How do you hear of that sound?"
10月の終わり、山下ふ頭のトリエンナーレの会場から離れたみなとみらいのホールでたった一人のためのピアノコンサート"for you"が行われた。そのことを貴方はご存知だろうか。演奏者であるピアニストの向井山朋子さんにお話を伺った。(はまことり /Bonne)
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「今までにも“for you”シリーズは何度か行ってきたんですが、一日に平均で10組くらい、つまり1人のために15分間の演奏を10回する、という形のものが多かったで す。今回、横浜トリエンナーレに出品した"for you"は本当にたった一人のため、という形になっていますが、そこにはあまり違いを感じていません。むしろどんな大きないわゆる「普通の」お客さんがたくさん入っているコンサートで弾くときでも私はなんとなく一人の目を付けた人を見て演奏してしまうんですよ。その方がつながりやすい気がするんです。 1対1のほうが。その時の観客との距離感ですか?それは一言では言えないですね。その関係性はもしかしたら近くなっているかもしれないし、低くなっているいかもしれないし、回っているのかもしれない。それはその二人の関係としか言えない何かです。」
<誰もいない森の中で一本の木が倒れた。誰もその木が倒れたことを知らない。その音は鳴っているといえるのか、それともいえないのか>
このフレーズは昔読んだ小説の中に出たもので、今ではその小説が何という本だったのか全く思い出せないのだけれど、小説の中では登場人物の男女がこのことについて話し合っていたような気がする。実はある風変わりな哲学者が提出した命題だそうなのだが、小説の中でそれに彼らがどう答えていたのかも忘れてしまった。でもこのフレーズだけは覚えていて、今回お話を聞いたとき、このフレーズがフラッシュバックした。
たった一人の観客のために、ピアニストが2000席のホールでコンサートを開く。
それが、今回の横浜トリエンナーレの出品作家、向井山朋子の“for you”だ(った)。そしてこのコンサートを聞くたった一人の権利は、オークションによって10月19日に100万円で落札された。15分間、彼女を独占する権利。
アムステルダム在住の彼女は、このコンサートが行われる3日前に横浜入りし、3日後には帰国したそうだ。アムステルダムから日本までの時間は15時間。彼女は15分間のピアノ演奏をたった一人に聞かせるためにやって来て、そして帰って行った。
「最初、今回のトリエンナーレへのオファーをもらったときは、観客を不特定にできないかと考えていたんです。ある場所に住居スペースとピアノを一緒にしてしまった空間を作り出して、私は24時間そこにいて、疲れて休んだりしながらもずっとピアノを弾くというもの。でもこれは体力的な問題と住居を整えるという環境的な問題から取り下げになり、今回の形になりました。コンサート・チケットをオークションにかけることについては、今回のトリエンナーレの作品の一部がオークションにかけられることを聞いて、そういう風にしたいと言われたのですが、最初はとても抵抗がありました。でも、ある日ふっとふっきれて、OKしました。オークションによってコンサートを聞く権利を買う、という如実なお金のシステムに自ら飲み込まれてみることによって、人々にどんな反応が生まれるかに興味があったんです。そしてこのチケットを買った人や、それ以外の人々もまた、今度何かのコンサートを買う時にチケットの交換として取り引きしたお金の価値について、「これは何の対価なんだ?」と考えざるを得ない機会になると思います。」
インタビューに答えてくれる彼女は、すらりとした長身の美しい女性で、鈴のような声で話す。彼女の演奏をほんの少しだけ以前に聞いたことがあるのだけれど、とても力強くて、びりびりするような刺激的な音でそしてとても女性的だと思った。でもその演奏を私は聞くことが出来ない。その音を聞く権利は誰かが買ってしまったのだ。
10月26日、コンサート当日のホールの様子の本番前に取材した。みなとみらい大ホール。クローク付きの石造りのロビーを2階へあがると、大ホールへの扉がある。窓の外は雨。開演は19時。クローク、エントランスロビー、ホワイエにも20名のレセプションスタッフが配される。これはオーケストラの公演などでも対応できる人数だそうだ。そしてホールの中。重厚なパイプオルガンの前のピアノにピアニストがたった一人で座り、2020席の3階まである観客の椅子には、たった一人が座る。座ったらしい。私はその現場を見ていない。誰が、どう訪れ、何を飲み、聞き、帰ったかを知らない。そして何が演奏されたかも。
今回のトリエンナーレは「場に関わる」がテーマ。そしてこの作品はお金というシステムによって多くの人にとって「場に関われない」作品になるのではないのだろうか。
「いいえ。その「場」というのは、直接的な意味ですよね?私にとって「場」の解釈とは、そうではないのです。どんな形でも「場」に関わることはできます。何が行われているのか見ようとする人、オークションというシステムを使う人、HPでオークションの模様を見る人、単に思うだけでもいいのです。すべてが「場」に関わっています。そして私が“for you”を弾く時、それは複数のyouではなく、どんなときでも単数のyouに向けて弾いています。」
森の中で木の倒れる音とホールに響き渡ったたった一人の誰かのために弾かれたピアノの音。私には聞こえないのか、聞こえるのか。イマジネーションという美しい奇跡が音として形を変えて届くのかもしれない。あなたには?その音はどんな音色で響きますか?
「私はきっと見に行くと思う。どんな木が倒れたか。どんな形だったか。どうやって倒れたかのか。探しに行くわ。きっと。」誰もいない森の中の倒れた木の挿話について、もしかしたらこういう答えを物語の中で女性はそう答えたのかもしれない、とぼんやりとした記憶を引き出しながらそう思った。
<作品データ>
横浜トリエンナーレ2005 "for you"
■日時:2005年10月26日(水)20:00演奏開始。19:30
■場所:横浜みなとみらいホール 大ホール(2020席)
〒220-0012 横浜市西区みなとみらい2-3-6
TEL:045-682-2020 FAX:045-682-2023
みなとみらい駅(東急東横線直通みなとみらい線)下車、
「クイーンズスクエア横浜連絡口」より徒歩3分
http://www.city.yokohama.jp/me/mmhall/
■ 演奏:向井山朋子(Pf)
■ 観客動員数:1名
■演奏時間:およそ15分
■ 【プログラム】(ピアニストによる15分の特別プログラムが以下の作品から選曲された)
モーツァルト[幻想曲 ハ短調kv 475]
テン・ホルト[悪魔のダンス2番]
シューマン[アラベスク]
佐藤聡明[インカーネーション]
ジェフスキー[ピアノ曲4番]
ザグニー[N2]
<横浜トリエンナーレ2005 "for you">
ピアニストの向井山朋子が2003年から開始したプロジェクトで、ただ一人の観客を対象としたピアノ・コンサート。一枚のコンサート・チケットはオークションにかけられ、最終落札者がただ一人の観客、「あなた」となる。オークション開始は2005年9月27日10:00時。2005年10月19日20:00に100万円で落札。このオークションを含む実演までの一連のプロセスが、横浜トリエンナーレ2005における向井山朋子作品、"for you" となった。

向井山朋子 “for you” リハーサルの様子 Photo by bob
■向井山朋子HP:http://www.mukaiyamatomoko.com/
投稿者 Bonne : November 17, 2005 05:07 PM
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