« 2005.12.21 開催決定! 日中映像交流プロジェクトPhase.1 『五 穀 豊 穣』 - 自然的恩惠 | ピュ〜ぴるさんインタビュー「私自身が作品」 »

December 09, 2005

石内都 ヴェネチアビエンナーレ凱旋インタビュー

「人から力をもらって写真を撮っている」

ishiuchi_1.jpg
















写真「6月9日に行われたオープニングパーティーでの石内都さん ヴェネチアを愛した友人の遺品である着物を着て」


現代美術のオリンピックともいえるヴェネチアビエンナーレ2005参加作家石内都さんは横須賀市で育ち、横浜市にアトリエを持つアーティスト。今回は5年前に亡くなった母の遺品を撮った「マザーズ2000-2005未来の刻印」を日本館にて個展開催。初めての女性写真家の個展であり、女性コミッショナー(笠原美智子氏)による女性作家展示も初めての快挙である。ご両親の残した美しい庭と猫と暗室と、そしてマザーズシリーズの撮影場所である横浜市のアトリエにお邪魔しました。

Qヴェネチアのつかれはとれましたでしょうか。

Aひと言で言って面白かったので疲れはありません。また9月ヴェネチアにいきます。会期の中間地点なので、もう一度展示の確認に。ヴェネチアは、暑いので1.5メートル×1メートルのけっこう大きいフォトアクリルが心配で見に行きます。日本館って空調がないので作品にゆがみが出ているかもしれないので。会場設営、展示、オープニングと毎日忙しかったから、これを機会に再度自分や他の国の展示を冷静にみてこようと思っています。

Qヴェネチアの展示オープニングはいかがでしたか

A内覧会のオープニングは晴れやかでしたが、入場のチェックがきびしいわりには、日本館でもだれかが叫んでいたわ。(笑)道で自由にパフォーマンスをしている人もいるのだけど、そうゆうのは不法ではないみたい。気になった作品はアルセナーレ(造船場跡を使ったグループ展、ビエンナーレ事務局主催の企画展示)の35才以下の部門で金獅子賞を受賞したレヒーナ・ホセ・ガリント(Regina Jose Galindo、グアテマラ 30才)の映像作品はなんとなく惹きつけられるものがあったわね。ヴェネチアの街中を歩きながらすこしずつ服を脱いでいって、最終的には自分の毛を全部剃ってしまうというパフォーマンスなのだけど、少年のような体の作家が一生懸命パフォーマンスをする姿はなんだかけなげで。赤い液体が入った洗面器を持って歩いて、いろんなところに置いて、液体を足に浸してぱたぱたひたひたと痕跡をのこすのね。昔ながらの肉体を使ったパフォーマンスなのだけど、グロデスクでなく作家のシンプルな主張が見えるいい映像作品になっていたの。アルセナーレは今回半分以上女性だったんじゃないかな。入り口のタンポンのシャンデリアやゲリラガールズの男性中心の美術界を風刺するポスター風な作品なんかがあって、女性色が強いともいえる展示でしたね。いままでで初めてじゃないかな。パビリオンの方はやっぱり男性が多いようでしたね。

ishiuchi_3.jpg写真「笠原氏希望の鏡割りに川俣氏も参加 左から川俣正氏、石内都氏、小瀧徹氏、笠原美智子氏 郷土群馬の近藤酒造の協力による」

Q至上初の女性総合ディレクターで女性作家の活躍が顕著だったのですね

石内さんはどのように展示されましたか。

A古めかしい大理石の床や真ん中にある大きな方形の穴が課題でした。それまでの展示では20年間床にリノリゥームや絨毯を貼って、穴にフタをして覆い隠していたんだけど、私の展示では元の状態に戻すことにしたの。大理石を磨いて、穴に43インチのプラズマテレビをはめこみました。写真の展示はモノクロの大理石が映えるように連動性を考え、作品を低く展示しました。外から入ってくるとかなり異空間になったわね。こんなに床がきれいだったかと関係者はみんなびっくり仰天していたわ。壁に支持体の突起物もある強い空間で、毎日どうするか平面図をながめていたら、卍の形がでてきたの!そのとき「これはうまく展示ができる」と予感したわね。50年前の建築を元に戻すということと、母の遺品を撮った作品ということと、床のDVD映像は初期の作品を流すということで、過去と現在を一つにするというのが最初のコンセプト。井戸を覗くような感じで足元をみる。まるで過去を覗くようにね。

 母の遺作「マザーズ」というテーマで一つに絞ろうというのはコミッショナーの笠原さんのアイデアでしたが、シンプルで強く、世界中誰でもわかるタイトルですし、正解だったと思っています。

ishiuchi_2.jpg 写真「展示風景 モノクロームの空間に美しい赤い長襦袢が映える」

Q作品と空間に時間を凝縮させる。まるで映画を1枚の写真にするような、労力と情熱によって、石内さんの写真は熱をもって発光しているかのようです。作品についてお聞きできますか。

A実際の写真は母の遺品であるわけなのですが、そこに写っているのは記憶であったり時間であったりするわけです。ある種、母の身体が残っているものに関して、喪失感が大きくて。身体がないのに着ていたものがある不思議さ、それに遺品として一般的な価値があるものじゃない、捨ててしまう中古の下着や使い古しの道具をしっかり見ておきたいという気持ちで撮り始めました。日増しに形骸化していくモノ達を、母が生きてきた時間の形を見てみたいという気持ちがあったわけなのです。

Q同性の親を一人の女性、一人の戦後を生き抜いた人として見つめなおす作業とも思える肌着や化粧品などの遺品との対話の時間。切ないけれど時の経過を見つめる凛とした作家の姿勢が作品の緊張感にもなっている。見ている人の反応はいかがでしたでしょうか。

A外国の人はけっこう話しかけてくるんです。やはり「マザーズ」的な写真はあまりみたことがないわけですよ。カタログをしっかり読んで勉強してくる人も多いから、やっぱり感動的だったみたい。(笑)「マザーズ」を撮った1つの要素ですが、母との確執を取り除くために撮った写真だということを話すと、とっても納得してくれました。母親との確執をもった女性が多く話しかけてきたような気がします。男性は話しかけることよりも内覧会で作品の写真をたくさん撮ってましたね。

 海外は写真作品に対してリスペクトが強く、作家と鑑賞者の垣根がしっかりある。日本では写真家というけれども海外ではアーティスト。写真はだれでも撮れるという感覚はないしね。心地よい経験です。

Q海外の展示経験も多い石内さん。文化や言語を超えて、写真を通じて伝えたいこととは何でしょうか。

写真は写るのですよ。形でない別のものが。撮る人の姿勢が移るんです。わたしは目に見えないものに興味がある。時間とか匂いとか音とか、五感に近いようなもの。写真はそんな部分に関係があるような気がしていたのですよ。それが写ればいい写真になる。写っている形は私にとってはどうだっていいものなのですよ。たまたま私は身近なものを撮ることが多いのだけど、プライベートなモノって以外に拡がりをもつことができるのですよね。そうゆうものでしか広がらないって有価。私がこだわればこだわるほど、どこかに伝わって広がってゆくような感覚が内覧会中ありましたね。直接人を撮らなくてもやはり人から力をもらって写真を撮っています。



Q人の繋がりを大切にされている。作品からも繊細なやさしさが伝わります。オープニングパーティーにはどのような人がこられましたか。

Aヴェネチアは2週間いましたが日増しに人が増えてくる。世界からアートを愛する意識的な客が来る。110年の歴史でビエンナーレに対する信頼も厚いし、70カ国の芸術が見れるというのはすごい。内覧会では何千人という人が来ます。内覧会を目当てに世界中から人が集まる。ギャラリストやコレクターによるアートビジネスが行われる。そしてアートとは社交なんです。展示にはパーティーがつきもの。日本はあまり社交も外交もしないけれど、それは今後もっと発展すべきですね。但し、今回はかなり大パーティーを開きましたが。

Q盛り上がっていますね!ヴェネチアに展覧会を見に行きたいです。現時点で展覧会を振り返るといかがですか?

A下着を撮った映像作品があって、それに付けた音楽はG線上のアリアだったんだけど、ヨーロッパではお葬式に使うらしいのね!イメージにあっているのだけど、ぴったりすぎちゃったかな。(笑)おもしろいのだけど、かなりそれで独自な雰囲気を作ってしまったよね。あとヴェネチアだから出品したのは赤い長襦袢の作品。西洋的な下着や口紅は撮れるのに、なぜか赤い長襦袢は撮れなかった。やはり日本人に共通するある種のイメージ、遊郭とか遊女というイメージが強すぎたのかもしれない。海外はそうゆう先入観がないので展示しやすかったの。そしたらこのモノクロームの展示空間にきれいに映えました。世界から厳選されたアートファンが来るビエンナーレ。これを通過点にして、次に行きたい。「マザーズ」はヴェネチアで完結させようと思っています。

Qビエンナーレはどのように町や国と関わっているのでしょうか。

A観光以外ないようなところだから、もう大事な経済効果のひとつね。映画祭も美術展も観光の一環。ビエンナーレの時は、ホテルはすべて2倍の料金になる。作品と人がゾクゾクと出現するオープニングで一気に盛り上がります。

 アートのオリンピックであるから国同士がパビリオンの場でアートを競うのね。韓国館は最近できて、それが一番新しいパビリオンなのだけど熱気を感じました。ビエンナーレはそもそもすべての国が参加していたのではなくて、歴史と共にパビリオンも増えている。中国はジャルジィーニ公園にはもうパビリオンは建てられないので、アルセナーレの一番奥の公園にパビリオンを建設予定です。今回は、UFOを飛ばすというインスタレーションをやっていて、コミッショナーの芸術家蔡国強さんは中国から農民を呼んでいたわ。規模が違うわね。国がしっかりヴエンナーレに関わっている感じがします。

Q日本の代表として石内さんが展示されたことが横浜市民としても誇らしいです!

横須賀で育ち、横浜にアトリエのある石内さんの横浜の思い出を教えてください。

A高校のころは横須賀にはよく映画を観に行きました。「アラビアのロレンス」を30回以上見て、映画より実在した人物に興味があって、ロレンスの本はすべて読みました。原書から読んで訳そうとしたり、ロレンスの命日に海に花を投げに行ったこともあったかな!横浜にはライブチケットを買いに。桜木町の駅の前にチケット売り場があって、よく行きました。私は外タレほとんど見てるの!武道館のビートルズも行ったし、当時は横浜市体育館でライブがあって。パット・ブーンとかね!伊勢佐木町に「ピーナツ」という船乗りの来るバーがあって、一度だけドキドキして店に入ったのをよく覚えています。写真を始めた頃は、赤レンガ倉庫に写真を撮りに行きました。引揚者の待合室が見たくて行ったのですが、人がいなくて殺風景で怖々歩いたのを覚えています。

Q最後に横浜トリエンナーレに期待することを教えてください。

A私は初めて川俣さんと会ったのはヴェネチアでのオープニングパーティーの場です。笠原さんの希望の鏡開きをいっしょにやりました。短い日程でトリエンナーレをディレクションするのはたいへんだけど、あいまいじゃない川俣さんの人となりを知って、「彼ならやれるんじゃないか」と感じましたね。グループ展なわけだからコミッショナーがしっかりコンセプトをもっていればいい展覧会ができると思う。徐々にアーティストがコミッショナーになる時代になっているのね。作家の立場がわかるアーティストがディレクターのトリエンナーレに大いに期待しています。

(2005年9月現在)

(プロフィール)
石内都(いしうち みやこ):
1947年群馬県生まれ、横須賀育ち。多摩美術大学で染織を学び 、1970年代半ばから写真に取り組んでいる。これまで国内外の 多くの場所で作品を発表し、木村伊兵衛賞(1979年)をはじめ 、数々の賞を受賞してきた日本を代表する写真作家の一人。

2005年12月7日(水)~1月29日(日)、銀座の ハウス オブ シセイドウにて「永遠なる薔薇―石内都の写真と 共に」展が開催されます。

HOUSE OF SHISEIDO
http://www.shiseido.co.jp/house-of-shiseido/

写真提供:石内都
インタビュー 井上玲 
(取材時、はまことりとして協力しましたが、今ははまことりに所属していません)

※写真と文章の著作権は作家や関係者になります 無断転用禁止


投稿者 井上玲 : December 9, 2005 08:05 PM

TrackBack(1)

TrackBack URL for this entry

http://www.ycan.jp/blog_maintenance/mt-tb.cgi/389

石内都ゼミ 終了

bankartschool 石内都ゼミが月曜日おわった 週一回、全4回のゼミだった 短かったけれど、これからの人生に影響するゼミだった オーバーな...

comments(0)

コメントする

URLを本文中に張る場合は「http://」を除いた形でお願いいたします。(スパムコメント対策)

保存しますか?
最近のコメント
記事の検索

Copyright©2004-2005 Hamakotori. All rights reserved.