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March 29, 2006

横トリ2005@ ZAIM ・トリエンナーレステーション オープニング&クロージングイベント


多分、あまりに突然現れ、駆け抜け、皆様には一陣の突風のように(の如く)に見えたか?
横トリ2005@ ZAIM ・トリエンナーレステーション オープニング&クロージングイベント

そして関わった本人達も(二回とも!)ギリまで駈けずりまわった!
現場に足を運んで頂いた方達、お騒がせしました!
いや〜アジアの現場主義(別名・本番直前結果オーライ)に親しんでる私(筆者:みゃう)も
キリキリ舞い&ハラハラ、まあ今思えばやったね!だったけど(笑)


ここで横トリ閉幕後、一つの季節がめぐってから改めて報告しておこうと考えたのは、3/5にシンポジウム Next「横浜トリエンナーレ2008」への『バトン』が明らかに謳われた今、横トリ2005・オープニング&クロージングイベントはある意味二回とも「オキテ破り&殴りこみ」的イベントだったけど、いろんなビハインド・ザ・シーンや類まれなる幸運な「縁」のネットワーク等は、再び潜在熱量蓄積中の横浜アートシーンをより「面白&楽しく」してゆく何らかのヒントになり、また諸々今後に向けた反面教師的反省点であれば、という点も含め、報告しておこうと考えた次第。

ぶっちゃけた話、そもそも9/27オープニングイベント(コンサート)は、
私の旧知の香港の友人、ディクソン・ディー(ミュージシャン/音楽プロデューサー)が、
横トリ直前に、盟友・大友英良主催の「アジアン・ミーティング」(@ピットイン 9/23-25)で来日初公演するので、我がアジアアートのヨコハマ兄様、YCAN委員長羽月雅人氏に「横トリも始まるし、なんとかコンサート企画しょうよー」と持ちかけたのが至極シンプルな始まり。(ちなみに久々の氏との再会・画策の始まりの場は、お盆のBANKART NYKダンス公演。)


ディクソン・ディー@ピットイン



ディクソン・ディーは香港をベースに中国大陸、モンゴル、東南アジア、そして欧米各国に草の根的ネットワークでノイズ・即興・実験・コンテンポラリーエスニック、、、と、分類不要の多彩な音楽創作、演奏をし、自身のレコードレーベル
ノイズ・アジア
を運営している人である。

そしてパフォーマンスアート、ビデオアートの共演も数多く、アジアを志向する横トリに相応しいスタイルを貫くディクソンを、この絶好の機会に一枚かませたかった、というのが「言いだしっぺ」の私の素直なところのモチベーション。

(そして噂によると「次の」横トリキーワードは同時代アート、人間とか?!)

そして、オープング時の好感触、及び『こんどはもう一ひねりの企画を』という欲も生み、そしてディクソンが横トリ閉幕の前週に、北九州CCAワークショップ招聘の為の再来日決定、という偶然というには幸運すぎる「縁」に導かれて、クロージング[カウントダウン]パーティーにも再び出演の運びになった訳である。

実は、今だから書くけれど、オープニングパー ティーは当初からZAIMで開催の予定ではなかった。

色々あってオープニングレセプション日三日前に、ZAIM初の本格的音楽イベントとして決定。
いやぁハツキ兄、最初のご苦(心)労様でしたね!
コンサートに関しては、殊にディクソンのように、ラップトップから紡ぎ出す音そのものが楽器であるタイプの音楽家にとっては、PAシステムの質がダイレクトに演奏の質に関わる。
しかしその点はBANK ARTはじめ、横浜の数々のアートスペースの(そして世界各地でも)極上音響システムを手がける田口製作所が全面協力頂くということになっていたので、安心(お任せ)していた。

ディクソンのVJ。後ろに見えるのが田口製作所オリジナル最新作:20面体ICOSA HEDRONスピーカー+SUB BASS付

そして、私とディクソンとは、来日前9月初頭までの中国広州〜北京における、自身のプロデュースした『モダンミュージックフェスティバル 』に同行中の終盤も、当日演奏のプランをあれこれとプランを練っていた。

アートフェスティバルイベントにおけるコンサートという点、また私自身も当地における東南アジア映像展
で関わりがあった広州のアート集団U-theque による広州の旧市街のドキュメンタリープロジェクト『三元里(SAN YUAN LI)』 の映像上映(2003年、第50回ヴェネチアビエンナーレに参加・ディクソンがサウンドラック担当)と、ディクソンの当日スペシャルバージョンのライブ演奏で行こうという事に。
コンサートのスケジュールは公式レセプションが終わったあと、日本大通りにサポーターや作家・ゲストがぶらぶら歩いて立ち寄れる時間帯、21時スタートとした。


地元横浜音楽シーン70年代からの生き証人・増田直行のユニットも競演に駆けつけることに。
しかし、そんなこんなで、コンサートのパブはメールと口コミのみ・・・さすがに心配になり、サウンドチェックをいったん済ませたあと、ディクソン本人を連れレセプション会場に駆けつけ『本人顔見世呼び寄せプロモ』を断行することに(苦笑)。あらゆる知り合いを見つけてはぶら下がり、告知宣伝に駆け回る・・。

すると会場ででディクソンは伝説的な公演であった1993年香港アートフェスティバルにて深く感銘を受けた大野慶人を発見、感動のご対面を果たした。

当時のサウンドのスタッフとし参加していた千野秀一が、即ソールドアウトのチケットを都合してくれたとの事。

(そして千野はコンサートに駆けつけてくれ、二人は目出度く久々の再会となった。)

さて、コンサート本番スタート。まずは増田直行ユニットの演奏スタート。ハードプログレ(?)とアナログないい感じのサイケ調OHPライティングと、ちょっとオリエントな(?)女性パーフォーマーの舞いも加わり、白壁のレトロなZAIM二階の雰囲気を盛り上げた。



引き続きディクソンの演奏スタート。実は今だから言えるけど、映像上映では用意してあったDVDがプレイヤーと相性が悪く、色々やってみたが結局VCDを使うことに。
これはパソコンでPAL規格で焼いたオリジナルDVDプレイバックの時たびたび起こる困った現象ではある。

しかし、結果的には元々モノクロの素粒子荒めの画像なので、悪くなかった。
そして、前日からリハをやりつつ、オリジナルのサントラよりもっとチベット/モンゴルといったディクソンが10年来、度々現地でワークショップを繰り返してきた、音楽の要素を大幅に加えたものなので、あの日の演奏に立ち会えた方はラッキーでしたよ。


第2弾に続く・・・。

copy right/photograph:みゃう




投稿者 shino kojima : March 29, 2006 07:04 AM

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