山岡佐紀子 欧州アートレポート vol.1
ピーク!パフォーマンスアート
私、山岡佐紀子は、去る2006年5月9日から23日までの2週間、パフォーマンスアートフェスティバルの参加と、来年のプロジェクトの打ち合わせなどのために、アムステルダム(オランダ)、ヘルシンキ(フィンランド)、ケルン(ドイツ)とモンツァ(イタリア)のヨーロッパの南北の4つの町を駆け回ってまいりました。
そして、はまことりの方から、レポートを書くようにというお達し。でも、横浜のことでもない話に皆さんが興味を持つのか? どういう姿勢で書けばいいのか? 何をお話ししたいか? 書きながら、考えました。アートの現場、作品、アーティスト。横浜はシアター、ダンスは豊富あるみたいですけど、パフォーマンスアートはあまり知られていないようなので、その紹介ということで、書きます。それから、そういったアートイベントが行われている場所とその背景についても書きますね。
今回のvol.1では、アムステルダムのアーティスト + ヘルシンキのパフォーマンスフェスティバル「ピーク!パフォーマンス」、次回のvol.2は、モンツァのフェスティバル「アートアクション2006」とミラノのことを少しを報告します。
(パフォーマンスアートって何?どういうパフォーマンスのこと?という問いのある方は、このページの最後の「おせっかい解説」を、山岡っていったい誰なのさ?の問いの方は、その後の「レポーター紹介」を、お読みください。)
1.アムステルダムのジャック・バン・ポッペル
今回の旅は、オランダ航空を使って欧州入りをしましたので、アムステルダムを起点に動きました。そこで、最初に会ったジャック・バン・ポッペル(Jacques Van Popple)。ヘルシンキに入るダイレクトな飛行機が予約できなかったので、彼の住居に泊めてもらいました。彼は、ヨーロッパで最も有名なパフォーマンス・アートのグループ、ブラックマーケットインターナショナル(1985年設立)の最古参メンバー。つまり、昨年、横浜のBankARTでパフォーマンスをし、日本のアーティストたちとの共同プロジェクト「横浜港湾借景行為表現計画」にも参加したボリス・ニーズロニー(Boris Nieslony)とユルゲン・フリッツ(Jurgen Fritz)の盟友なのです。ジャックは、アート界の反逆児的なそのブラックマーケットの中で、特にそのカオスの部分を一手に引き受けたかのような男。現在57歳。彼の家は2人の子持ちの時に引っ越してきた所なので、なかなか広い(2回目の離婚を経て、今は29歳のポーランド娘と住んでいる)。彼はもうずっと前からアーティストなんだけど、主な収入のための仕事は土木作業。一日中穴を掘っているのって、最高だぜ、と。でも、アーティストとしての助成も受けていて、今は、毎日スタジオ(兼居間)にいます。来年は、彼のオーガナイズで、私を含む7人の日本のアーティストが、アムステルダム市内でパフォーマンスをする予定。そこで、いくつかの基本的なことを打ち合わせたりしました。
市立現代美術館は是非行くようにとジャック。でも今は、本館は建設中で、駅近くの旧郵便局の古いビルの中にありました。「臨時」の感じがなかなかよくて、急ごしらえで、壊したまんまの壁がチャーミング。どこもかしこもちょっと有り合わせ風。企画展が準備中だったので、常設(?)展を見ました。いかにもモダンな抽象絵画とか、現代美術なものは極端にポップで、ビデオを使っての空間ゲームのような作品群。ちょっと面白くない。ロビーに並んだ様々な美術カタログは、どれも机にプラスティック板で、張り込んであり、ページをめくれるけど、持ち去れないようになっていました。妙に感心。
ビルの最上階と屋上にバーレストラン。ジャックのおすすめは、実はこちらで、ライブなどもやっているクラブ風。なかなかの空間。ジャックの息子がマネージャーをしているとのこと。ジャックと行った夜には、アムスの若いアーティストに創らせたアニメーションの作品が、高い天井の壁にさりげなく投影されていて、おしゃれ。(例えばラファエロ・ローゼンタールの作品 )このビルには、アーティストのスタジオもあり、裸足でやってきて、ケータリングを注文している若者の姿も見ました。
余談ですが、レストランに上るエレベーターの地上階壁には、下着なしにストッキングをはき、緩くあぐらをかいた女性の下半身の挑発的な大きな写真作品があって「Can you eat me?」とかなんとか。ジャックはそれを見上げて「ふん、フェミニズムめ!」と悪態。「おれはフェミニズムには、山ほど、言ってやるジョークがあるんだ」と息まいていました。不良おやじです。
2.ケーブル・ファクトリーとイルマ・オプティミスト
イベントの会場となったのは、ケーブル・ファクトリーという施設の中の一つのスペース。ケーブル・ファクトリーは、ヘルシンキの港沿いにあり、かつてはノキア(Nokia)の工場だったそうです。今では、ヘルシンキ市の運営する総合アート施設で、ミュージアム、複数のシアターと複数のギャラリー、カフェ、レストラン、そしてアーティストのためのスタジオがいくつか入っています。件のブラックマーケットのメンバーのロイ・ファーラ(Roi Vaara)も、この場所にスタジオを持っています。近代重工業の面影が、あちらこちら。居心地は最高。うらやましさで、めまいがしそう。わたしたちの使ったスペースにも、天井は高く、高いところに当時を伺わせる装置が残っていて、聞くところによると、コークスをためておく場所だったそうです。
さて、そのイベントの方。招待アーティストは8名、イギリス、スペイン、アメリカ、チリ、メキシコから各1名、アルゼンチンから2名、と日本の私。国内アーティストのイルマ以外は、若者という感じで7組。今回の特徴としては、南米のアーティストが多かったです。なぜ、そうなったかというと、この数年ほど、中南米のパフォーマンスフェスティバルが活発だから。イルマも昨年、チリに行ってきたようです。ちなみに入場料はただ。若者、学生、アーティストが中心で、物好きな市民、テレビ局。多い時間には100人くらい来ていました。2日間。ビールやサンドイッチを販売していましたので、休憩時間はいつも大騒ぎです。
さて、印象に残ったいくつかのパフォーマンスを紹介します。
チリのサンティアゴの若いアーティストで、地元でのフェスティバルの企画にかかわっています。はつらつ、アクティブ。
ロビーでの3時間以上継続した作品。小柄で若くやわらかな彼女の外見の特徴がうまく生かされていました。目をガムテープで覆い、バレエか新体操に使うような生地の薄い白の紗の、身体にぴったりしたコスチュームを着て、衣装に似た生地の、洗濯物を入れるのに使う袋をかかえて座る。袋の中には薄いコットンをたくさんが入っていて、それを手探りで一枚一枚取り出し、ひとつひとつにキスマーク、そして床に置く。唇には、一回ごとに新たにルージュを塗り替えます。その繰り返し。床には、キスマークのコットンがどんどん増えてゆく。ゆっくり、ゆっくり、手探りで、3時間くらいやっている。盲目的な愛を思わせるそのアクションですが、肯定的にも否定的にも、見ている人の心で読みかえることができるのだなと感じました。はじめ、素材や行為のもつステレオタイプなフェミニズムっぽさや、センチメンタルにも見えた彼女の行為の表面的な印象も、長く続けているのを見ているうちに、やがて双方で凌駕され、彼女自身のパーソナリティが勝ったのか、それが、むしろ人間らしい愚かさと勇気、あるいは茶目っ気にさえ見えてきて、明確な説得力となりました。
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アルゼンチンからの彼も、首都ブエノスアイレスでパフォーマンスフェスティバルを企画しているメンバーのひとり。内気そうな、でもナルシストのハビエラ。
作品。パワーポイントで編集した150以上もののスライドを、スペースの白い搬入口いっぱいに次から次へと投影し、それを背景にアクションが行われました。スライドは、彼の発明した世界言語を表す記号や、幾何学的なインスタレーション、光るロープなどのオブジェやそれと絡む彼のアクションなどで、みつめていると宇宙空間に見えてくる無限で静謐な世界。一方、実際のスペースでは、そのスペースを彼の故郷に見立てて、彼は散歩するようにうろうろと過ごす。会場の2本の鉄骨の柱を、彼の思い出深い大切な故郷の木と思って触れていたそうです(後で聞きました)。蝉取りをしているようにも見えました。最後には、裸になった彼が、スライド画像の宇宙のドアの真ん中をゆっくり開き、すべりこむように入って行って、出て行ってしまいました。 人智を超えた世界に行ってしまったのでしょうか。個人的でノスタルジックな記憶、そしてそれに相反する個を超えた世界へのロマン、合一の夢、妄想。ちょうど、彼とは地球の反対側に生まれ育った日本人である私ではありますが、彼の感性にすっかりとけ込んでしまったような気持ちになったのは、それこそ、物理を超えた世界のような.........。
スペインのバルセロナに住むベテランアーティスト。10年ぶりに再会。クロサワ映画の大ファンで、「耳なし芳一」と「雪女」が大のお気に入り。「どですかでん」も40回くらい見たそうです。
彼の作品。スライドプロジェクターの光だけを、片方の壁にあて、スライドプロジェクターのすぐそばからは入り、自身の影を創り、光のあたった壁の方へ歩き、その影の形を変化させました。最後にタバコに日をつけて、リアルな火をちらり。また、その煙が、投影された四角い面で、水面の一滴の墨のように、ドゥローイングに似た形になるのを、皆が見とれる………というもの。動く墨絵。単純だけど、変化を十分に楽しめて美しかったです。たくさんの日本人のあこがれる華麗なるバルセロナに住んでいて、この枯れたセンスと言うのも不思議と言えば不思議。(とても暗かったのでビデオも写真も、撮れませんでした。)
イギリス人らしいクールな女性。30歳くらいかな。彼女に会うのは、2回め。以前はカナダのケベックに、今はベルファースト(北アイルランド)の大学のレジデンスでアートを学びながら、カタリシスアートという名のパフォーマンスアートのオーガナイズグループを手伝っている。
さて、今回の作品。ラィティングは、広いスペースの最も高いところにある天窓のあかりだけ。うすぼんやり。その中で、窓からの光の筋が、ドラマチックに空間を斜めに落下しています。長めの少し光る緑のワンピースを着た彼女はまず、その光の源に向かってしばらく、右手を上げ続ける。皆も見上げる。この後に、小さい鳥のおもちゃを飛ばしますから(それは鳩に見立てられ)、明らかに、教会のあるような場所を彼女はそこに創っている。そして、非常にか弱い音で鳴る、やはり鳥のおもちゃの手回しオルゴールを観客のひとりの年配の女性に手渡し、鳴らすように促す。それは、か弱い音ですから、誰もがとても静かにならざるをえません。彼女も裸足で、音の鳴らないように静かに歩きます。音も光も、彼女の制御の元におかれる。彼女はその細くて長い首に巻き付けたリボンを静かにはずし、観客のひとりにその端を手渡し、それをのばして、離れたところに彼女は横たわり、ワンピースの裾をたくしあげる。裸の下半身の足の間にそのリボンの端を置き、しばらくじっとしている。首にはたくさんのリボンが巻いてあるので、それがすべて取り去られるまで、そうした観客とのやり取りを何度か行いました。口と口がリボンでつながったこともありました。性的なイメージと聖なるイメージがすれすれ。神経の行き届いた、むしろ威厳すら感じられるその動作。偉大なるマドンナ? 美しいけど、少々、息苦しくもありました。もちろん、その息苦しさを、私は楽しみました。
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彼女は、アメリカのボストンのアートスクールで教えています。知的だけどハートフルな、あこがれの大人の女性。なんと1975年からパフォーマンスアートをやっている。大先輩ですね。グローバルレベルの問題、つまり政治あるいは自然、生命がテーマ。アメリカ人として、その国際的におかれた特殊な立場を、シニカルに取り扱った作品も興味深い。
今回もまた、まるで自然主義的なスケッチのように見せながら、それが境界線となり、やがて人工的、権威的になっていく様をシンプルな方法で表して、非常に個性的でした。まず、まず、スペースの入り口で四隅のひとつ、スペースのはじに観客を集めます。オレンジを配ります。すべての人がオレンジを食べることを彼女は、求めました(友好関係を作るためだそうです)。それから、塩の入った袋の端を切り、床に捲く。潮が海岸に残す白い泡のラインのように、波状に描く。観客は、マリリンの居る側の反対側に(マリリンは隅の方)出される。その波は、スペースの対角した反対側の隅に向かって、押し寄せるように何層にも描かれてゆきました。そのたびに観客は後ずさりさせられる。マリリンはスペースが2分されたあたりで、サングラスをかけ、私たちの反対側の空間で傲然と椅子に座り、コップの水をゆっくり飲んで休む。やっと、はめられたことに気づいた人はどのくらいいたかな。塩の波は有無も言わせず、描かれて、押し寄せてくる。一度ルールを許したら、どこまでも、か。床の塩は、美しい痕跡でしたが、最後には、観客たちはいたたまれないくらいぎゅうぎゅうに狭いところに追いやられたのでした。
彼女は、境界線ということでは、死んでいく者と生者との隔たりのことも感じていたそうです。彼女のかかっている病にそれは、関係があるに違いありません…..。「岸」という言葉は、英語でも日本語でも、同じ場合に使うのでしょうか。
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さて、私の仕事。ドリル(Drill)という作品。わたしは10年くらい前から、ほとんどの作品をヨーロッパ各地で発表していました。そして、アートの現場の気配が、場所によって違うことをおもしろいと思っていました。作品が違うものになることもあります。特に、日本のお客さんの遠巻きな気配は特徴的。それで、日本の文化ってなんだ?という、かなりプレーンな問いがいつもいつも、頭に浮かんでいました。
そのひどく大雑把な問いのうち、私は、日本人の身体感覚について、具体的に調べ始めたのは、今年のこと。物理的な変化よりも、むしろイメージの変化と操作。この作品は、その研究を始めた記念の第1作。日本人の西洋に対する身体的劣等コンプレックスを感じる画像や、制度的な身体訓練、プロパガンダ、特攻隊の飛行機の落ちる様などの例を、20点ほど5分のスライドDVDにしました。特に、ラジオ体操の宣伝ポスターは数枚あって、非常に興味深い素材です。心は変えずに(?)、テクノロジーと外見イメージだけ、急いで改造しようとした日本人。いびつさ、ひずみがないはずはありましせん。
最初のシーンでは、心と真実の象徴である(と私は思っている)りんごの表面に鈴のくさびをはめて込んで行くシーンを念入りにやりました。それは、ビデオカメラで拡大して壁に投影しました。そして、用意したDVDを流し初め、鈴の埋め込まれたりんごを握りしめて、単調な号令を自分に(映像の中の人々にも)かけて、単純なアクションをくりかえし始める。だんだん早くなる。その握りこぶしをあげたポースが、スライドの中のプロパガンダのポスターやオリンピックの重量挙げのこぶしと重なってゆく。DVDもリピートリピート。わたしの動きもエンドレスで行う。とぎれそうになっても、続ける。続ける。リズムも息も乱れ、足下がよろけても続ける。突如、自分で「stop it!」と号令をかけて終わりを迎えると、観客は、笑い始めました。滑稽なのです。その後、クイーンの「We will rock you」の繰り返しかかるラジカセを左手に、私はロックンローラーのように右手を掲げ、うめき声をあげてりんごをつぶしつつ、汗と汁をこぼしながら、その元電気工場であるそのスペースの高いところに向かいました。らせん階段を2つのぼり、最上の天井の間近のところで止まり、りんごを落下させ……彼/彼女=りんごをようやく解放しました。
単純なアクションでしたが、ヘルシンキの観客は、のりのりになってくれました。わたし以上の、奇声をあげて、応じる若者もいて、ちょっと怖かった...........。工場という場所と、身体の近代化というテーマがうまく、マッチしたようです。でも、 まだまだ、このテーマはトバ口。まずは、ひとつのアクションに集中してみたまでです。りんごのような果物は、これまでも私がよく使う素材です。
…………ここで言うパフォーマンスアートというのは…………多くの皆さんのよく御存じの芝居やダンス(パフォーミングアート系)とは、一応区別されたジャンルであります。専門的なジャンルというより、画家やインスタレーションのアーティストたちも、表現の必要に応じて、行うことのある表現です。逆に言えば、パフォーマンスをよく行うアーティストが、彫刻家であったり、画家であったり、詩人であったりもします。もちろん、パフォーマンスアートだけのアーティストもいます。
特に、パフォーマンスアートフェスティバルは、アーティストたちの国境や政治状況の壁を超えたネットワークとコミュニケーションから生まれました。「パフォーマンスアート」ということで言えば、ルーツは未来派だとか、ダダイズムとか、近いところでは、ハプニング、あるいは、日本の具体美術協会がその先駆であるなど、色々な文脈が語られますが、「パフォーマンスフェスティバル」という公演形式のことも含めれば、何と言ってもフルクサスからの影響がとても大きいと言えるでしょう。
そういうことは、前衛というものが生き生きとしていた良き時代が残してくれた過去の遺産だと言う人もいます。しかし、アートマーケットのバブルの影響は日本から去り、21世紀を迎え、社会のパワーゲームの新たな試練の時代が始まっていますから、そうした「やわらか」頭の芸術表現は、新たなミッションを持った分野として期待されているのではないでしょうか。もちろん、同じではなく。もっとシビアに。もっとスマートに。どうでしょう? おっと………御存じの方には、全く余計なおしゃべりでしたね。失礼。
山岡佐紀子 アーティスト。絵画でアーティストとしてのキャリアをスタートしたが、今は、パフォーマンスアートに一番関心がある。自分自身がアクションするところを見せるショーケース型のものだけでなく、観客や通行人と作る作品や、イベントの企画も行う。2005年は、トリエンナーレ応援企画として「横浜港湾借景行為表現計画」というパフォーマンスのイベントを行った(8人の日本人アーティストと2人のドイツ人アーティストとのコラボレーション)。その時に、横浜市中区寿町を「借景」及びベースキャンプにした縁から、2006年3月9日サンキューアートの日には、その寿町で、イベント「世界のへそ」(通行するおじさんたちを誘い、おへそを言葉や花で飾って写真を撮る)を行った。さらに、4月のザイムオープニングフェスティバルでは、その写真を発表した。2007年は、それらの発展形として、7人のアーティストともに、アムステルダムに飛び、ドイツでの「借景計画」を行うべく、計画中。
投稿者 山岡佐紀子 : July 17, 2006 09:53 PM
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