山岡佐紀子 欧州アートレポート vol.2
アート・アクション2006
欧州アートレポートvol.2です。私山岡が今年(2006年)5月に、アートイベント参加のために出かけたヨーロッパで、見聞き、体験してきたことをご報告しています。前回は、アムステルダムと、ヘルシンキ。今回は、イタリアのモンツァと、ミラノを少し。
パフォーマンスアートのご報告が、メインになりますが、このパフォーマンスという言葉、人によって印象が違うみたいで、いつも説明が難しい。ここでの場合は、コスチュームパフォーマンスでも、ダンスパフォーマンスでも、シアターでもなく、アクション系のパフォーマンスね。80年代のアメリカ発のブームが起きる前は、ヨーロッパでは、「アクション」とか「デモンストレーション」などと呼んでいました。今回の報告では、イタリアのイベントを紹介しますが、そちらは70年代からやっているので、「
1.モンツァとアート・アクション
イタリアはミラノへ。ミラノの空港で、イスラエル人の親友アディーナ・バロンと待ち合わせ。彼女についてはあとで詳しく書きますね。今回は、その彼女に会うのが目的で連絡をとったのがきっかけで、モンツァ市でのアート・イベントに立ち寄ることになりました。イベントもとても、良かった。肩肘はらず、ミニマルに進行する。真夜中毎に、イタリア食をたんまり食べさせられたのは、正直苦しかったですが。......とにかく、伝統の余裕を感じました。
![]()
モンツァ市は、ミラノから電車でたった20分のところで、古代ローマ時代から数々の王の住んできた町。オーストリア朝ハプスブルグ家の別荘(ヴィラ)がその中心にあります。そのヴィラ・レアーレの広大な庭園(ヨーロッパでは最大)の一角には世界最古(1922年)のサーキットがあります。
ニコラ・フランジーノNicola Frangioneとアート・アクションArt Action
私は、ニコラに会うのは初めてです。ニコラは、アート・アクションのオーガナイザー。ほとんどひとりでやっているようです。テクニカルスタッフや、若干の若い人の手伝いは見かけました。とても、面白い人なのですが、それに気づくのに、4時間くらいを要する、シャイなおいちゃんでもあります。話し方に特徴。彼はサウンドポエトリー系のパフォーマーで、普段からなんだか韻を踏んでいるような、歌うような話し方をします。声は小声でも響く。英語が苦手なので、それをイタリア語のように発音するのが、また不思議。主語は、いつも「ニコラ」。「ニコラ、パパン、ママン、プア、ニコラ、スコラ、ノン、ノン、イングリッシュ、ピッコラ、ピッコラ。(ニコラのパパとママは貧乏だったので、ニコラは学校に行っていない、だから、英語は少しだけ。)」それを、せかせかとまくしたてる。苦虫をかんでいるような顔をさらに崩して、にこ〜っとスイートな笑顔を作る。今回はオーガナイザーに徹していて、パフォーマンスは見ることができなかったけど、日常的に、充分楽しませてもらいました。
その「アート・アクション」という名のフェスティバルは今回で5年目ですが、モンツァでの活動と企画の経験は長く、地元のアーティスト仲間とともに、なんと1973年から毎年、サウンドポエトリー、ビデオアート、ボディアート、パフォーマンスアートの何らかのイベントをやってきたらしい。すごい。もちろん、モンツァ市のサポートを受けていますし、市民に大口の寄付者がいるようです。
アート・アクションは、ヴィラ附属のテアトロで行われました。といっても、華麗なるロココ調のテアトロでではなく、そのテアトロの講義室のような場所、わりと普通の部屋で行われました。外国からは11名、国内アーティストは6名。3日間。入場料はただで、観客は4〜50人くらいの老若男女、貴族級の金持ちから貧乏な学生まで。
さて、記憶に残ったパフォーマンス(アクション)のいくつかを紹介します。
アディーナ・バロン Adina Bar-On
![]()
彼女は、とてもとてもユニークなアーティスト。アメリカ生まれのユダヤ人。今はテルアビブに住んで、アートスクールで教えています。誕生日が私といっしょで(10才彼女が上)、彼女曰く「あたしたち、性格がそっくり」。だが、たぶん、正反対の性格。彼女は声を使う表現ですが、いわゆるサウンドポエトリーの人たちとはまるで違っていて、歌うような声と悲鳴とうめきを表現にしています。私が初めて見たパフォーマンスは、ポーランドのユダヤ図書館で行われました。その時は、こういう表現もあるのかとびっくりしました。
さてモンツァでは、まず、会場の椅子をすべて撤去して、真ん中を広くあけました。彼女はある若い女性の横に入り、しばらくして、彼女の手を取ってスペースの真ん中に連れて行き、抱きかかえるようにしてゆっくり倒す。いっしょに寝転がる。そして、彼女の声が始まりました。たぶん、即興。ユダヤの古い民謡のような音階に聞こえる。身体も動かす。声を高くあげるときは、手を顔のまわりにすべらすようにする。うずくまると、声が下がる。やがて、うなり声に。やがてそれは、おなかの底の何か、苦しみを絞り出すようになる。彼女のパフォーマンスは感情的に見えるので演劇っぽいとか、あるいは声がきつすぎて耳障りだとか言って嫌う人もいますが、評価も高い。ユニ−クすぎるのです。だから賛否両論。息苦しさが残ることは確か。私は彼女の勇気にいつも感心する。
彼女は、誰か別のパーソナリティを演じているのではなく、今現在の彼女の精神状態を声にしています。様々なことに感じやすい彼女ですが、今は、生活に実際に大きな出来事があって、それが現れている。ずっと前に離婚した夫が癌になり、彼には面倒を見る人がいないので、彼女が見ることになって1年。彼は、強靭な身体を持つ人でしたが、軍隊にいる時に浴びてしまった放射能が原因で癌にかかり、ほぼ寝たきり。だけど………だからというべきか、彼女は、このたび、彼ともう一度結婚することに決めたのです。でも、彼女は、天使ぶらない。ひどい夫のために、人生がめちゃくちゃになった、と泣きながら言う(これはオフレコ)。でも、やはり、愛が止まらない、らしい。恋多き女、アディーナの大きな決断。パフォーマンスで、他者を道ずれに、床に倒れこんだのはそういう背景がありました。
初日のパフォーマンスの声に不満が残り、最後の日にもう一回。今度は、観客とのからみはなくて、声だけ。でも、幼児みたいな異様な声とか、うなり声も前より激しくて直接的に届きました……観客の中には泣き出して、会場を出て行ってしまった人もいました。
ロディ・ハンター Roddy Hunter
![]()
![]()
イギリス人。頭の回転が速くて、陽気なスコットランド人。まだ30歳そこそこだと思うけど、経験は長い。オーガナイザーもしているし、評論も書くし、アートカレッジで教えてもいる才人。これまで見てきた彼のパフォーマンスは、彼の190cmくらいは軽くある背丈と強靭な身体を生かした力技ものが多かったように思うけど、今回は、うって変わって、細かい作業。モンツァのシンボル、ヴィラ・レアーレを真上から撮った航空写真をテーブルに置き、真上からビデオで撮って、正面の壁に映写。そして、カッターナイフで、几帳面にヴィラの写真をなますに切って行く。その写真の下にもう一枚、ヴィラの写真ある。「ソソラレ=ささやき、の意味のイタリア語」という言葉を繰り返し、ささやきながら。切り離した細長い部分写真を上下反対に、置いたりして、はじめの写真がわからなくなるところまで、続けました。たくさんの王家がこの町を、塗り替えてきた歴史を示しているのかもしれない。特に意味のないナンセンスなのかもしれない。こっそり城に忍び込む感覚なのかもしれない。城の名、レアーレは英語だと、「真実」とか「現実」の意味であることにかけて、その姿を切り刻むことで、幻覚を見せているのかもしれない。いろいろ妄想させてもらいました。彼の「真実」は、わからないけど、アーティストというより、スポーツマンみたいな体格のロディのそのささやかなデスクワークは、彼の新たな方向性を見せてくれて、充分、楽しめました。
バートロメ・フェランドBartolome Ferrando
スペインはバレンシアの大学の教授。ベテラン中のベテラン。サウンドポエトリー系だけど、アクションのパフォーマンスもします。私が最初に彼を見たのは1993年で、その時は、ひよこを洗濯していました。ビジュアル・ポエトリーののりかもしれないと思います。2000年に見た時は、ラジオをキャンプ用のコンロで熱し、プラスティックの溶ける変なにおいの中、ラジオのニュース番組もとろけて、れろれろになるのを聞きました。
モンツァでは、余裕たっぷりの声の表現を堪能させていただきました。彼の場合は、楽譜があり、それを見ながら声を出します。感情や、アクションもなく、様々な声色を楽器のように扱う。どちらかというとクラシカルな表現だから、観客受けはどこでも、とてもよいです。後半は、インストラクション(指示)の作品で、観客が、彼に与えられた、ばかばかしい指示に従って、いろいろなことをやるというパフォーマンス。となりの人をくすぐってください、とか、そういうこと。これは、前に見たことがあるが、学生や若い人が多い方が、沸くみたいです。彼がスペイン語で言い、イタリア語に誰かが訳していたので、残念ながら、私には内容がわかりませんでした。
エルビラ・サンタマリアElvira Santamaria
![]()
誇り高いメキシコ女性。ネイティブアメリカンの血が濃い。数年前まではドイツのドレスデンの男性アーティストと暮らしながら、その彼とともに、とても緊張感のあるデゥオ・パフォーマンスをしていました。今は、北イギリスのベルファーストにいるらしい。彼女のエキゾチックな横顔がヨーロッパ人のあこがれであることを、彼女自身が熟知しているのだ、と今回はしみじみ感じました。もちろん、アイデンティティでもありましょう。
彼女のパフォーマンスの基本は、時間と行為による抽象的な立体絵画を描いているようでありますが、基本はナンセンスだと思う。まず、安定の悪いテーブルの上に横向きに立ち、微妙なバランスでかがんで頭を垂れ、長い髪の毛で顔を覆い尽くす。その髪の毛の間に、あごのところから指をまっすぐにした片手をゆっくり入れていき、髪の毛の外に出す。鶏のポーズみたいな感じ。その後で、髪の毛で覆われて見えなかった横顔の輪郭を、後ろの壁に描き写す。このシーンはここで終わり。それから、紙袋からサクランボを出して、食べては種を飛ばす、食べては種を飛ばす。間合いの取り方がいい感じ。それから、ミシン糸を、長い竹竿の先にひっかけて、天井の左右からつるし、その垂れ下がった部分に、 テアトロの中庭に落ちていた、木の実をいくつか、吊るしました。彼女は、危ういバランスをとっている状態に関心があるみたいです。
2000年にハノーバーで会った時、彼女はとってもとんがっていて、「パフォーマンスアートの世界は、男社会だから、戦おう!」とわたしをけしかけていたけど、いつの間にか、あたりの柔らかい人になっていました(隠すのが上手になったのか)。女性であることも含めて、ヨーロッパの人間でない者が、完全に彼らと対等にやっていくのは、とても大変だと思います。彼女はそれに挑戦しています。えらいです。
アルチュール・タイベル Artur Tajber
![]()
![]()
![]()
ポーランドはクラクフの人。彼はオーガナイザーでもあります。かなりアクティブに活動しています。
そして、今回の彼のパフォーマンスに、私は釘付けでした。ほぼ同じ内容のものを、2年くらい前にポーランドで見たことがあり、その時もよかったけど、当時のは、ちょっと技巧に走りすぎていたかも。彼にそう言うと、自分でもそう思うと。でも、今回はお見事。
長テーブルと椅子数脚がモチ−フ。衣装は黒ずくめ。まず、ビデオで前日に同じ場所で、いくつかのアクションをしておく。コツコツと音をたてて歩く音も、テーブルを引きずる音、床の置く音、椅子を動かす音、それそれにエコーがかかって響くようになっていて、なぜだか一大事がせまっているように感じられてしまいます。また、行為の順番が逆になるようにも作ってあるところもある。ようするに、落ちかけた椅子が、また戻る、など。加えて、リアル空間での、彼のアクションが重なり、さらにリアルな影も入るので、黒い人影が多いときで3つになります。これはアイデアとして、思いつくことはたやすいかもしれない。でも、間合いのはかり方、無駄なく進行させる意識、音の効果、センスと経験が必要でしょう。不在/実在の様々なゲームのパターン。まるで何も起きなかったかのように、最後には何も私たちの前からなくなります。最初のシーンで表示された言葉、Many have eyes, But cannot see. 私たちは、何を見たのでしょうか?
彼のパフォーマンスを見ると、パフォーマンスアートの進化への希望を感じます。彼はたぶん、50歳くらい。1998年頃に見た時は、コンセプトレベルは高いにしろ、いかにも旧共産圏の泥臭いパフォーマンスだと感じたけれど、今や着実に洗練されてきていると思います。いいステージを経験してきたのだと思います。うらやましい! ちょっと、ユルゲン・クラウケっぽくはあったし、もしかしたら、エンターテイメントだという批判もあるかもしれません。でも私は、その彼はその領域に関心はないと思う。次回、会うのが楽しみです。
1996年から10年、私は毎年、海外のパフォーマンスアートを見てきました。私の興味は、それぞれのアーティストたちの変化、進化。もちろん、自分も含めて。アートシーンのそれぞれの状況。皆、大変な努力をして、自分たちの場所を作っているのだと思います。時代とともに、経験とともに、様々試みていると感じるアーティストには、尊敬を感じるし、学ぶところも多い。その人の持つ本質的な意識は、そう変わりはしないのでしょう。でも、ただ、本人のおかれている社会的立場や意識が、これほど、現れる表現はないと思います。イメージがイメージのためではなく、無骨なくらい(ああ、でも洗練もいいもんだ)、リアルに向かおうとしている。それはパフォーマンスアートをする人たちの共通する感性のように思います。
2.ミラノのダ・ビンチとミケランジェロ
モンツァの滞在の後1日だけ、旅行の最後の日をミラノで過ごしました。観光地ですから、その町自体の話題は今更めずらしいこともないと思いますが、彼の地はレオナルド・ダ・ヴィンチのしばらく住んでいた都市。「最後の晩餐」のある教会もあり、今まさにダ・ヴィンチが大ブーム(小説・映画『ダ・ヴィンチ・コード』の影響)。市街地一帯に、堅牢なパネルが何枚も立ち、ダ・ヴィンチの作品の解説がされていました。パトロンだった権力者の王宮スフォルツェスコ城博物館でも、ダ・ビンチのノートの特別展。ノートの脇には、かなり専門的な解説の文が英語とイタリア語でぎっしり。それをたくさんのお客さんが、食い入るように時間をかけて読んでいました。
サスペンス!!そう、芸術っていうのは、サスペンスと同じだ!と私はそこで手を打ちました。作るのも、鑑賞するのも。興味となぞ、じっくり想像を働かす。読み手がそれぞれ解釈して、頭をひねる。その背景あるものをどう読むかで、考えている側の意識が現れる。答えがないからスポーツや推理小説のようには、いかないでしょう。でも、想像力は、鍛えれば鍛えるほど、そのポケットや引き出し、シナプスが増えて、直観が鍛えられる。それを楽しむのが、芸術好きというものだと思います。その想像力には、値段はないし、想像したその人自身の宝になるはず。
スフォルツェスコ城博物館の出口の近くで、ミケランジェロの未完の絶作「ロンダニー二のピエタ」に遭遇。 本当に驚いた。こんなところにあるとは知りませんでした。ミケランジェロは89歳だったのですね。彫刻に当てられた光も良くて(自然光を使っていたような記憶)、わたしはは、本当にキリストを出会ってしまったような気持ちになり、打たれたようにしばし、たたずんでいました。ああ........でも、本当はキリストではなく、死の最後の最後まで、制作の手をとめなかった、ミケランジェロへの尊敬と憧憬の思いで、動けなかったんだと思います。(でも複製だって話もある.......)
投稿者 山岡佐紀子 : July 27, 2006 03:53 PM
TrackBack(0)
TrackBack URL for this entry
http://www.ycan.jp/blog_maintenance/mt-tb.cgi/640
comments(0)
コメントする
URLを本文中に張る場合は「http://」を除いた形でお願いいたします。(スパムコメント対策)
最近のコメント
もうひとつの横浜トリエンナーレ