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January 12, 2007

2007新春オメデトSP ★根岸屋★メリの横浜アート逍遥 番外編 鎌倉文芸散歩

ミルクホールから近代美術館へ 
 2006年も残すところあとわずかとなった12月中旬、一年ぶりの鎌倉へ。たまたまこの時期になった、というよりも正月の喧騒を迎える前の静かなこの季節の鎌倉が好きなのである。そして20代の始め足繁く通った鎌倉近代美術館(今は神奈川県立近代美術館鎌倉館が正式名称であるが、かつての一般的な呼称で呼ばせていただく)のこじんまりと佇む姿を映した池を前にしてお茶を飲むには最適な季節。
 また先日栃木県立美術館で好評を博した「柄澤斎展」の細密な世界にも是非接してしたいとの思いも募り出向いたのであるが、まずはかつて彫金工房として職人的な小宇宙を少数の愛好家たちを相手に営み、カフェへと変身してからは詩人・田村隆一の隠れ家として有名になった「ミルクホール」で純朴な少女Aとの文学的なランチで腹ごしらえ。ここで心構えができたならばいざアートの世界へというのが根岸屋メリの40年来の習慣。
http://www.milkhall.co.jp/

水沢勉氏と遭遇
 ということで、若宮大路を少女Aと他愛もない会話で足も心も弾ませながら八幡宮境内に踏み入れると、左手の木々の間に懐かしき鎌倉近代美術館の姿が。 
 そのまま2階への階段を上がると冬至を間近にしたとは思えぬほどまぶしい陽光に照らし出されたテラスが見えたので思わずお茶ではなく冷えたレモネードを注文しテーブルに着く。ふと池から正面のテーブルの向こうに目を移すとどこかで見た顔が。
s-水沢氏.jpg

 11月29日横浜ZAIMでお会いしたばかりの次期横浜トリエンナーレ総合ディレクター水沢勉氏('52年生まれ)ではないか。そうか、この美術館の学芸員一筋という人生を歩んできた水沢氏。今回の「柄澤斎展」には並々ならぬ力を入れていると懇意にしている美術評論家から耳にしていたが、そんな力を抜いてのつかの間の休憩時間であったか、先方も私のことを憶えておられ、早速挨拶を交わし雑談へと移行。
 しかし話を始めて早々驚かされたのは近代美術の専門家であるから当然としてその口から次から次へとほとばしる日本近代芸術の礎を作った綺羅星の如き面々の名前。それも約20年前に僕が目撃した当時韓国の無名の若手作家であったイ・ブルの全裸パフォーマンスが口火を切って水沢氏が最近さいたま芸術劇場で観たヤン・ファーブル作品での韓国人ダンサーによる全裸ダンスに触れてヌード談義でスタート。傍らにいた少女Aが顔を赤らめる。話題がダンス=朝鮮となれば日本の植民地時代に本名を名乗り、コリアン・ダンサーの肩書きで国際的に活躍し、師匠の石井獏をも越えてしまった「半島の舞姫」崔承喜の名が挙がり、それならばと最近まで不明であった彼女の没年や現在も若き在日の舞踊家・白香珠が崔承喜の作品を再現しているといった情報を伝えると、大正期から昭和の始めにかけて欧州における文芸の新思潮を伝えた村山知義の名が水沢氏から挙がるといった次第。
 私は1920年代と言えば大杉栄,伊藤野枝、辻潤、浅草オペラ、尾上松之助あたりから入門したのだが、日本の現代芸術の基点となった時代として改めて勉強し直すか、と正月休みの課題ができて水沢氏に感謝。
 といった具合で時代、民族、空間、ジャンルを越えて語り合ってあっという間に一時間。
s-水沢&羽月.jpg

この間に挙がった名称を列挙すれば以下の通り。
横浜トリエンナーレ2008
http://www.yokohamatriennale.jp/2008/index.html
イ・ブル
http://www.leebul.com/
ヤン・ファーブル
http://www.saf.or.jp/p_calendar/geijyutu/2007/d0216.html
崔承喜
http://www.inori-ha.com/art1_5.htm
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2002/11/19/20021119000058.html
白香珠
http://japan.donga.com/srv/service.php3?bicode=130600&biid=2001041820408
村山知義
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E5%B1%B1%E7%9F%A5%E7%BE%A9
伊藤道郎
http://www.chacott-jp.com/magazine/essay/31.html
朴烈
http://www.geocities.jp/since7903/zibiki/ho.htm

柄澤斎氏と遭遇
 レモネードも二杯目をお代わりしようかと思ったその時、ヒゲの男が挨拶。水沢氏に紹介されてその男性が柄澤斎氏だと分かり今回の主たる目的の展覧会鑑賞へと移る。
s-水沢氏と柄澤氏_4.jpg
 当初は細密な仕事をする美術家が陥りやすい技術への偏愛が往々にして瑞々しい感性を抑圧するのではないかといった先入観を少しばかり抱いていたのだが、柄澤斎氏においてはまったくの杞憂であったことが分かる。むしろその豊かなイメージのほとばしりと遊び心によって、たちまちのうちに私の心も宇宙へと羽ばたく。その細密な世界を耽溺するには、通常の鑑賞速度よりも遅く歩を進めざるを得ないのであるが、彼の使用するプレス機である19世紀イギリス製のアルビオンプレスの前に至った時には思わず二重のデジャブに襲われた。
 かつて劇団天井桟敷で寺山修司のイメージ世界を数々の不思議な機械で視覚化させた舞台装置家・小竹信節氏の作品群との出会い。
http://www.st.rim.or.jp/~kamataki/pb/shonichi/spiral_910707.html

 そして僕が鎌倉で活動し始めた1972年4月、鎌倉近代美術館で見たペーテル・ブリューゲル版画展のことを。
 聞けば柄澤 齊氏も同じ展覧会に足を運び、水沢氏がこの美術館の学芸員を志したのも同展覧会がきっかけであったとのこと。
 同世代である3人はかつて入場料200円を握り締めてこの美術館の階段を上がり、館内ですれ違っていたのかも知れないのである。(当時はカレーライス160円。鎌倉の某レストラン調べ)
実に奇なる因縁である。

寄り道
 感慨深き出会いをした水沢、柄澤両氏と別れた後、私がペーテル・ブリューゲル展を見た時と同じ歳の同行者である少女Aと、八幡宮で残り少なくなった年内にでも何か良いことがありますようにとお参り(実は近年にないほどハードな年末であったが)。続けて小町通り路地裏の60年の歴史を誇る老舗居酒屋『長兵衛』で少女Aの年明けに迎える成人式の前祝い。
 漫画家の故横山隆一氏がちびりと一杯やったカウンター前の定席で熱燗4合と生しらすで仕上げ。
 そういえば、横山氏が昭和18年に上野精養軒で開かれた当時の文化人の会合で崔承喜と同席した、と生前話していたことを突然思い出した。
最近、減退ぎみの記憶力を刺激してくれる鎌倉はやはり私にとっては聖域。
さて、2007年は憧れの原節子嬢とこのようなしっとりした時間が過ごせるだろうか。
公私ともに密度の濃い年の予感。

文責:根岸屋★メリ
写真:宇部和希



投稿者 ycan : January 12, 2007 01:13 AM

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