都市との対話展「都市といういれもの」
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雨が降ったりやんだりで港の水位も上がりそうな9月10日、横浜BankARTにて開催されている都市との対話展を訪れた。
今回の展覧会には7人の作家が参加しており、それぞれの視点と方法で現代の都市を表現している。作家もスタッフも20~30代で作り上げている展覧会とあって、これからの世代が都市を見つめるという点からも意味のあるものである。
印象的だったのは、作品を見て回った後、都市という入り組んでさいの目のようになった機能の中で、人間は自分たちの入っている入れ物のサイズに合わせて生き方を選んでいかなければならなくなっている、という気持ちになったことだ。都市の中で、ひとは都市のすきまに体を合わせうまくすり抜けながら生活している。しかし、そのすきまは空間であってはならない。空間とよべるような余裕が見つかると、逆に人は不安になる。あっという間にその空間の’有効な’利用方法が見つけられ、都市は埋め尽くされていく。人はまた都市のすきまに生きる。
上空から世界と日本の有名都市を撮り、そのかけらを張り合わせてもう一度それぞれの都市を再現した西野荘平氏の作品では、少しずつ重なり合った写真たちがひとつの都市を出現させておりとてもおもしろい。都市の全体写真を構成する同程度の大きさにカットされたかけらたちは、たたみかけるように重なりあっている。それは、まるでその風景が少しでも途切れてしまうと都市の機能もストップしてしまうかのようである。もう一度自分で都市を張り合わせ再現してみるという試みは、都市のさいの目の中に含まれて生きることから全体を俯瞰することの難しい人間が、都市のかたちを自分の手で捉えようとするチャレンジのように思えた。東京であったら東京タワー、京都ならばお寺や山など、それぞれの都市には変わらぬその都市のコアがあり、その場所から力の流れが生まれている。しかしまた、そのスタイルを保ちながらも立ち並ぶ建物の顔ぶれの移り変わりが特に早いニューヨークなどは、‘その時のニューヨーク’として記録となるようなものであると感じた。
会場の奥には、おもちゃのプラレールを部屋の一角の床から壁、天井までにも伸ばして表現する、ユニット「パラモデル」による作品が広がる。まるで血管のように壁をはって広がるプラレールの都市の流れが、最後はそれぞれの端が途切れて終わっていることから、部屋の角に都市をぶちまけて遊んだようにも見えた。また自分の足で作品の間にぎりぎりまでわけ入って見ることができるのがなんとも面白い。
他にも、都市の中にまいた種の成長をみる作品を作る狩野哲郎氏の作品では、コンクリートの間からもたくましく生え出る草のようすに、自然は人工的な都市の中でもその命をつないでいく力を脈脈と蓄えているのだ、というメッセージを受け取ったような気がした。
都市は人間の手で作られたものでありその中で人は生きているものの、その構成分子がそれぞれの目的のために突き進んだことで都市はでこぼこに成長し、やがて人の手にあまるものになってしまった。
どの作品も都市を表現するアイディアがとてもおもしろいが、見ていて共通して感じるかすかな不安のような感情は、人と都市とのあり方をもう一度見直さなければならないという、この展覧会が伝えるテーマのそれとリンクしていると感じる。
都市をデータで数量的に表す機会は多いが、都市をアートで感じ取る機会はあまりないのではないかと思う。17日まで開かれているこの展覧会に行ってみれば、面白みも十分だが、何かのテーマを自分の中に持って帰ることができるはずだ。(南佳代子)
「都市との対話」
< 横 浜 展 >
【会期】2007年9月1日(土)~9月17日(月・祝) ※会期中無休
【会場】BankART Studio NYK (神奈川県横浜市中区海岸通3-9)
【開場時間】11:30~19:00
【入場料】一般500円/中学生以下無料
投稿者 takahashi : September 12, 2007 11:29 PM
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