January 08, 2009
乱動通信 世界地図を眺めただけじゃ世界は見えないのよね

各々方
同時代に目の前で(実はほとんどが映像の中なんですが)
起こっている事象に対して素早く反応し怒りを示すことはできても
問題の根源まで思いを至らせることはごとんどない。
これが
シャボン玉のようにふわふわ
誰かと衝突し破裂して消えてしまうことを恐れ
想像力までも剥ぎ取られた現代人の脆弱なところなんですね、
と自戒を込めて以下の文を転載します。
<ガザ侵攻>空爆開始以後のパレスチナ人死者は子供220人
を含む689人
停戦案にイスラエル前向き姿勢 仏・エジプト案
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[ 転送・転載歓迎 ]
京都の岡です。
まずは、以下をご覧ください。
elhajeb cheb khaled - NOA - OTHER ARTISTE iMAGINE
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9・11の直後、NHKのFM放送で、レノンの「イマジン」のメロディが
流れてきました。
あれっ?と思ったのは、それが、アラブの伝統楽器、カーヌーンに
よるものだったから。
続いて聞こえてきたのは、女性歌手のヘブライ語による「イマジン」。
えっ!?と思って耳を澄ましていると、そのあと、男性歌手がアラビア語で。
最後は二人の英語によるデュエット。
アルジェリア出身の、世界的に有名なライの歌手、シェーブ・ハーレド
(Sheb Khaled)が、イスラエル出身のユダヤ人の女性歌手、ノアと
デュエットしたこの“イマジン”は、ハーレドのアルバム“Kenza”の4曲目
に収録されています。
しかし、同曲は9・11のあと、アルバムから削除され(実際、あの頃、
レノンの“Imagine”が、アメリカでは放送禁止になったと言われています)、
なかなか手に入りませんでした。
探し回ってようやく、9・11前に製造されたアルバムを入手しました。
(今は入手できるようです。)
"Imagine"に関しては、日本のNGOがパレスチナ人の子どもたちと
イスラエルのユダヤ人の子どもたちを日本に招聘して、舞台でいっしょに
この曲を歌わせたことを板垣雄三先生がかつて批判しておられました。
パレスチナ人にとっては、“No Country”は、想像してみる話ではなく、
この60年間、生きてきた現実そのものであり、祖国がないがゆえに、
この殺戮、この虐殺にさらされているのですから。
そのことを私たちは決して忘れてはいけないと思います。
問題の根源がどこにあるのかを決して、見誤ってはいけないと思います。
それを踏まえつつ、アラブ人歌手とユダヤ人の歌手が、アラビア語と
ヘブライ語で歌う「イマジン」に、私は、平和への希求を強く、深く、
感じます。
上で紹介したYou-chube の「イマジン」は、オリジナルのハーレドとノア
だけでなく、いろいろな国の歌手がそれぞれの言語で歌っていて、
We are the World を彷彿とさせます。
収録されたのがいつか分かりません。でも、まるで、今日のこの
事態のために、歌われているようです。何度聴いても、涙がとまりません。
年始休暇が明けて、これから各地で抗議集会、抗議デモが本格的に
組織されるのではないかと期待しています。
そのときのサウンドに使ってください。
そして、ラジオのリクエスト番組に、ハーレドの「イマジン」をリクエストしてください。
今回のガザの事態に対するあなたの意見を添えて。
これも、今すぐ私たちにできる26番目の行動だと思います。
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以上
アートをなめんなよ!
★世界で唯一の
羽月雅人(根岸屋メリorアントニオ・M)
March 20, 2008
速報! 横浜トリエンナーレ2008 参加作家第1次発表

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速報:参加アーティスト1次発表
サポーターズニュース 編集長 岩田俊夫
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昨日(火曜日)、午後、国際交流基金にて参加アーティスト1次発表、
ならびに、夜のZAIMでの水沢ディレクターの会見に出席してきました。
まず、国際交流基金の受付で受け取った資料(添付資料参照)を一読したときの、
最大のサプライズは、田中泯が参加アーティストとしてノミネートされてたことです。
海外からの参加アーティストも、パフォーマンス系のアーティストが多く、
小杉武久のような、現代音楽フィールドのアーティストもリストアップされてます。
どうやら、水沢トリエンナーレのキーワードは”パフォーマンス”(肉体表現)
ということになりそうです。
今まで、川俣トリエンナーレ対水沢トリエンナーレという図式で語られることとが
多かったのですが、
昨日、水沢トリエンナーレの全貌の半分が明らかとなり、
(1次発表では、全参加アーティスト60-70名のうちの約半数が発表です。)
水沢トリエンナーレは、川俣トリエンナーレはもちろん、
世界中で開催されている数多くのビエンナーレ、トリエンナーレのいずれとも
一線を画する内容を持つことが明らかとなってきました。
今まで、横浜トリエンナーレの公式資料には、日本最大級の”現代美術”の国際展、
と記述されていたのが、いつの間にか”現代アート”の国際展という表現に
すり替わっています。
もはや、”現代美術”というくくりでは語りつくせない、ダンス、ミュージック、
パフォーマンス、インスタレーションを包含した総合的な現代芸術の国際展を
目指してゆこうという、姿勢の現われと思います。
どちらかと云えば、美術史家としての側面を強く持っている水沢ディレクターが、
まったく予想もしていなかったような形での、アーティスト発表だったので、
昨夜の興奮から一夜明けた今日ですが、まだ十分頭の中が整理できてません。
FP参加アーティスト1次発表の原稿3ページ分、私の担当で、明日締め切りですが、
一次原稿アップは、明日には間に合わないもしれません。
ところで、若い皆さんは田中泯て、誰?と、思ってるかもしれませんね、
パフォーマンスが重要な意味を持つであろう横浜トリエンナーレ2008では、
田中泯は確実にキーパーソンとして、重要なアーティストと位置づけられます。
速報ですが、3月23日(日)の4時半から、新宿のホコ天で、
田中泯の場踊りがあります。
http://www.negritokyo.org/geidai/negri-at-geidai/locus-focus/
田中泯の舞踏を見たことない方は、この機会にぜひ観にいってください。
また、平戸さんからアナウンスされてますように、
30日(日)13時から、”芸術とマルチチュード”と題した
アントニオ・ネグリのシンポジウムが東京芸大であります。
このシンポジウムは田中泯、川俣正、高嶺格らが参加する重要なものです。
また、この当日(30日)12時から、芸大でも田中泯は場踊りをします。
詳細は、以下のURLを参照してください。
http://www.negritokyo.org/geidai/
広報誌の編集方針ですが、この方針も軌道修正が必要です。
今まで”現代美術”に注目して編集してきましたが、今後は、
より広く”現代アート”全般(ダンス、ミュージック、パフォーマンス、
インスタレーション)を視野に入れた編集を、心がけてゆかねばなりませんね。
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横浜トリエンナーレ2008 参加予定アーティスト「一部」発表
根岸屋★メリ
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3年廻って横浜では、東アジア最大級を謳う国際現代美術展「横浜トリエンナーレ」が
今年も開かれるわけだが、3月18日(火)、横浜ではなく赤坂で参加アーティストの全貌が
披露されると思いきや、まだ30人、と小出しにする気だな、と意味のない勘ぐりはいけない。
やはり個々のキュレーターの激しい思い入れから調整が難航しているな、と推測。
水沢氏、この後、横浜ZAIMに駆けつけてサポーター限定で参加アーティストを紹介しながら
レクチャー。
開口一番「東京では旧知のジャーナリストたちが大勢いてリラックスできず、プレッシャーを感じた」だと。
さて、横浜は、と意地悪な妄想が一瞬頭をよぎる。
僕などは15歳下の女房と25歳下の愛人との板ばさみでプレッシャーなどは常態化しているのだが。
開講前の受付で参加アーティストの一覧表ながめて感想を伝えようとしたら
「これだけでは偏りがあるでしょ」と水沢氏。
日本側の参加アーティストには美術以外でも
舞踏の大御所・田中 泯やら
日本にコンテンポラリーダンスの概念を定着させた勅使河原三郎やら
タージマハール旅行団(あ、古いか!)の小杉武久やら、
あまりにも著名な人々の名が。
どうやらアート作品とコラボできるパフォーマーを選んだようだが、
近年めきめきと才能を花開かせている森山開次や
舞踏の常打ち小屋がない横浜で頑張っている大野一雄舞踏研究所の
若い才能たちも忘れてほしくないね。
横浜と言えば、黒澤美香も忘れちゃいけないのだが。
以上の舞台芸術系だけでなく、霜田誠二や武井よしみち、イトーターリ、
山岡佐紀子、荒井真一、黒田オサムetc.アジアや世界で活躍する
パフォーマーたちの場も是非作ってほしいところ、
と要望を伝える前に水沢氏の背後で話したそうにしている輩が。
あ、フランシス真悟だ、
と3人だけが分かる会話を交わして
6月、今年のトリエンナーレの全貌が明らかになるまで判断はお預けにしとくか。
こちらはゴールデンウィークの展覧会で頭がいっぱい。
腹いっぱい。
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●横浜トリエンナーレ2008 参加予定アーティスト(一部)一覧
作家名、カッコ内は出生国、居住地、生年の順。
John M Armleder (スイス/スイス、米国 1948)
Matthew Barney (米国/米国 1967)
Cao Fei (中国/中国 1978)
Paul Chan (中国/米国 1973)
Chu Yun (中国/中国 1977)
Tony Conrad (米国/米国 1940)
Keren Cytter (イスラエル/ドイツ 1977)
Peter Fischli & David Weiss (スイス/スイス 1952/1946)
Mario Garcia Torres (メキシコ/米国 1975)
Douglas Gordon (英国/英国、米国 1966)
Rodney Graham (カナダ/カナダ 1949)
Christian Holstad (米国/米国 1972)
Cameron Jamie (米国/米国、フランス 1969)
Miranda July (米国/米国 1974)
Terence Koh (中国/米国 1977)
小杉武久 (日本/日本 1938)
Mark Leckey (英国/英国 1964)
Jorge Macchi and Edgardo Rudnitzky (アルゼンチン/アルゼンチン/ドイツ 1963/1956)
中谷 芙二子 (日本/日本 1933)
Pak Sheung Chuan (中国/中国、米国 1977)
Philippe Parreno (アルジェリア/フランス 1964)
Mathias Poledna (オーストリア/米国 1965)
Nick Reiph & Oliver Payne (英国/米国 1976/1977)
Pedro Reyes (メキシコ/メキシコ 1972)
田中 泯 (日本/日本 1945)
勅使河原 三郎 (日本/日本 1953)
Danh Vo (ベトナム/ドイツ 1975)
Tris Vonna-Michell (英国/ドイツ、米国 1982)
荒川 医 (日本/米国 1977)
内藤 礼 (日本/日本 1961)
※2008年3月18日現在。最終的な参加アーティストは60~70名を予定しており、
6月半ばに発表。
February 20, 2008
第12回ZAIMサポーターズスクール 川俣正レクチャー「展覧会とアーカイブ」報告



去る2月10日、ZAIM本館3Fのシアターで川俣正氏による「展覧会とアーカイブ」のレクチャーが行われた。これは、2006年から始まった「ZAIMサポーターズスクール」の第12回目にあたる。そもそも、「サポーターズスクール」は、「横浜トリエンナーレ2005」のときに川俣氏が始めた「トリエンナーレ学校」を継承する意図で始められたものであり、今回のレクチャーは、「2005から2008へ」のサポーター活動の発展的継承のために、よい機会となったと思う。
この日は、東京都現代美術館で前日(2月9日)から「通路」展が始まったばかりというタイミングであったが、オープン直後の非常に忙しい中をZAIMに駆けつけてくれた川俣氏は、「通路展」とアーカイブについて、いろいろな例をひきながら、たっぷりと語ってくれた。以下、当日のレクチャーで話された盛りだくさんの話題の中から一部を抜き出してお伝えしたい。
レクチャーの初めに、主として野外にインスタレーションをつくる川俣氏にとって、つくったものがそのままのかたちで永久に残ることはないのだから、何かをつくることと何かを記録として残すことは「同じこと」だという考え方が示された。これは、つくることと記録に残すことが同じくらい重要だ、ということでもあるのだろうが、それだけではなく、つくることと記録に残すことがつねに同時に進行していくものだ、ということでもあるのだろう。
作家としての活動を実践的に組み立てることを考える立場に立てば、仮に作品が残らないプロジェクトであっても、資料的なものが残されていれば、それが次の仕事を生んでいく、ということも重要な要素である。川俣氏の30年の歩みこそがそのことを示す最もよい実例であり、「通路展」は、そのことを物語っている展覧会でもある。
今回のレクチャーの中で、川俣氏は、「展覧会とは、人の流れをつくることだ」という言い方をしていた。川俣氏にとって、展覧会とは、人をどうやってそこに招き入れるのか、と考えていくものなのだという。あるいは、「人が作品展を見に来る状況を作り出す」(のが大事だ)という言い方もしていた。つまり、誰にとっても、それが自分にとって関わりのあることだ、と思えるような仕方でプロジェクトや作品を形にしたいし、それがそのまま展覧会になっているような展覧会がよい、ということなのだろう。
それが、「川俣正は通路だった」ということなのだと思う。(これは、都現美で行われた川俣氏と村田真氏とのトークセッションのタイトルでもあった。)
最初に、始まったばかりの「通路展」についてのエピソードがいくつか披露された。
前日(8日)の内覧会&レセプションには何と1000人もの人たちが来場したという。また、展覧会の準備のために、正月明け早々の4日から作業を始めたとのことだが、1000枚のベニヤ板のパネル(大きさは4尺×8尺なので、かなり大きい)を展覧会場に配置して、それに土嚢を約2000個積んでパネルを固定するという作業に大勢のボランティアが必要だったので募集をかけたところ、60人ものボランティアの人たちが参加してくれたという。おかげで予定よりも非常に作業がはかどったそうだ。土嚢をつくって積むだけの単純な作業に、かなり遠方からも含め、あちこちからボランティアスタッフが集まってくれたことに対して、現代美術館の幹部の人はびっくりしていたという。
「通路展」では、1000枚ものベニヤ板のパネルによってつくられた「通路」で東京都現代美術館の内と外とがでつながっているのだが、観客は、必ずしも通路が作られているとおりに進まなくてもいい。通路は閉じられているのではなく、あちこちの隙間からパネルの裏側に出られるし、誰もが裏側に出てみたくなるようにつくられている。そして、パネルの裏側に回り込まなくては見られない場所からドキュメントの写真が始まっている。
言わば、「通路展」は、展覧会そのものが川俣氏の活動のアーカイブになっているような展覧会なのである。ただし、「通路展」は、回顧展ではない。つまり、時間軸に沿って単線的に川俣氏の仕事の足跡をたどるという構成にはなっていないのである。すべてのプロジェクトは並行的であり、つながっていて、互いに対して開かれている。そして、進行中のいくつものプロジェクトがラボ(研究&作業スペース)という形で展覧会の中に組み込まれている。
同展には、1977-2007の30年間にわたって、川俣氏が世界各地で手がけたプロジェクトのスケッチや設計図や途中段階の模型などが展示されていて、作業中の川俣氏とスタッフの写真がたくさん並べられている。そのようにして膨大な枚数の写真に登場するいろいろな年代の川俣氏は、いつも自然体で、見ている側にその楽しさが伝わってくるように思える。
別の言い方をするなら、「通路展」は、川俣氏が1977~2007の間に世界各地で手がけたプロジェクトが、今に(そして未来に)「つながっている」ことを示す展覧会である。つまり、過去のプロジェクトではあっても、今とつながっている感覚が、この展覧会のすべてをつくっているのだ。
また、この日のテーマにダイレクトにつながる話で言えば、「通路展」では、メインの展示会場とは別に、独立したアーカイブルームが作られていて、会期中に公開に向けて専任のスタッフが毎日資料整備をしながら、一定の条件が整ったものから順次来場者に公開されるようなしくみがつくられている。
さて、今回の、「ZAIMサポーターズスクール」で川俣氏にアーカイブについてのレクチャーを依頼したのは、川俣氏の展覧会の作り方がアーカイブと切り離せないものだから、という理由もあるが、それだけではなく、川俣氏が「横浜トリエンナーレ2005」の総合ディレクターを務めたときに、アーカイブの重要性を就任当初から指摘していたという経緯があるからである。
川俣氏は、自身が何度も作家として参加している「ドクメンタ」のアーカイブを国際展のアーカイブのひとつの範としていて、横浜トリエンナーレにもきちんとしたアーカイブをつくるべきだと一貫して主張している。2005年の横浜トリエンナーレの総合ディレクターへの就任にあたって、アーカイブのことは最初から提案の中に入っていたのだそうだ。1回目のアーカイブが整備されていないことを知り、1回目はなくても仕方がないから、2回目からやれば間に合う、と思ったのだという。
そして、話はトリエンナーレにとどまらず、トリエンナーレ以外でも、いかにアーカイブが重要か、アーカイブがあるべきだ、という話につながっていった。
いまや、アーカイブはアートの源泉であるとともに、アートそのものでもある、とも言えるからである。
川俣氏からは、その一例として、ディーター・ロットという、一風代わった創作スタイルの作家のことが紹介された。彼は、生活の痕跡がそのままインスタレーションになる、という手法でアーティストとしての創作を行う作家なのだという。たとえば、ベネチア・ビエンナーレに選ばれて、選ばれたその日から初日を迎えるまでの自分の行動、自分の生活をひたすら記録する、それがアート作品になる、という具合だ。
あるいは、川俣氏自身の作品についてのちょっとしたエピソードが印象的だった。彼がスイスの小さな町で木でつくったインスタレーション作品は、そのままでは保存できないので、5年ごとに投票をして住民の意見を聞き、賛同が得られれば違う木を使って作り直しているという。この例では、時間が経ってモノとしての作品だけがそこに残っている、というのではなく、住民がそれを残す(かどうかを決める)ことに参加することで、作品がそのたびに再生され人々に共有される記憶となる可能性がある。もし、100年、200年経ったときに、その地域の人たちの間に伝承として自分の活動やその痕跡が残っていくものがあれば、たとえ作品という形でもの自体は残らなくても、自分としてはとても嬉しい、との川俣氏の発言は、大変共感できるものだった。
また、聞いていて非常に興味深かったし、私たちが勇気づけられるように感じたのは、そこに関わっている人たちが自分たちのアーカイブを持つべきだという、いかにも川俣氏らしいポジティブかつ実践的な提案であった。
誰かがアーカイブをつくっておけば、その記録性がすべての人にとって重要な意味を持つことになるという。たとえば、どこの街でもよいが、商店街のおまつりなどの活動を、そこに関わった誰かがドキュメントしておけば、あとあと、まちづくりのコンサルティングに使えるのだ、と。
それに、アーカイブをつくることはそんなに難しいことではなく、自分史をつくることと同じことで、それが自分たちの自信にもなる。自分たちの活動をアーカイブとして記録しておくことが自分たちの独自性をつくるし、ボランティアの歴史性、厚みをつくる、という川俣氏の指摘は、私たちサポーターとしてアート(今回は横浜トリエンナーレ2008)に関わる立場の人間にとって非常に実践的なヒントになると思う。
「アーカイブやドキュメントは終わりがない」
「持続することでものの見方が違ってくる」
「アーカイブは記録であり、記憶である」
これらは、すべて、この夜の川俣語録である。
現代アートを語るときに、アーカイブを無視することはできないし、アーカイブは、アーティストだけにとってではなく、すべての人にとって重要なものだ、ということをこれほど説得力を持って語れる作家はなかなかいないはずだ。
一般的に、現代アートにそれほど興味のない普通の人たちにとっては、アーカイブに関する意識はそう高くはない。アーカイブを「資料の収集・保存と分類」というような、後ろ向きの黴臭いイメージでとらえている人も多いだろう。もし、そうなら、そうではないアーカイブのありように目を向けてみると現代アートに関する見方がきっと変わるだろうと思う。
もし、この報告を読んで、アーカイブに少しでも興味を持たれた方がいれば、まずは「通路展」に行ってみて、そのあと、「横浜トリエンナーレ2008」に向けてのサポーター活動に参加し、自分自身のアーカイブ体験をされてみてはいかがだろうか。
(文:曽田修司〈ZAIMサポーターズスクール運営委員〉)
January 31, 2008
若い才能が横浜に集結! 横浜卒展・修了展サイトオープン

1月から3月、横浜は、芸術系学生による卒展・修了展のシーズンを迎えます。今年は20を超える展覧会が開催されます。アーツコミッション・ヨコハマ(横浜市芸術文化振興財団)と横浜トリエンナーレサポーター広報グループ「はまことり」は、協働でブログサイト「ソツテンYOKOHAMA 2008」を開発、運営を行っています。各校専用のブログに書込まれた情報がリアルタイムにトップページに反映されて、活き活きとした状況が伝わってきます。広報グループによるインタビューやフォトレポートもご覧ください。http://sotsuten.academix.org/ (高橋 晃)
December 26, 2007
「ドクメンタ12」キュレーター、ルート・ノアック氏講演会:「ドクメンタ12を振り返って」
2007年12月5日に、六本木の国立新美術館で開催された「ドクメンタ12」のキュレーター、ルート・ノアック氏の講演会「ドクメンタ12を振り返って」に出席してきた。今回のドクメンタについて美術関係者の間でも、評価は賛否両論大きく分かれているが、以下に簡単に講演内容を紹介する。
ドクメンタの目指していることは、世界各国の優れた美術作品を隙間なく集めるということでも、また世界で最も優れたアーティストを集めることでもない。そうではなく、ドクメンタ12ではひとつの体験の空間を作るということが目的だ。いわゆる美術界、芸術界というものは、ドクメンタにとってほとんど意味がない。なぜなら、ドクメンタにくるお客さんの大部分はドクメンタ以外の現代美術の展覧会には足を運ばない人たち、いわば素人だからだ。
今回、ドクメンタ12でテーマとなった3つの問いかけは、「我々にとって近代は古典か?」、「むき出しの生とは何か?」、「そして何をなすべきか?」です。これらは、非常に重要かつ曖昧な問いかけです。これらのテーマを実現するために、二つのアプローチを試みた。
まずは、グローバルな美術雑誌のネットワークを構築することを始めた。すなわち、世界各国で出版されている美術雑誌とネットワークを組み、それぞれがローカルな視点からこの3つのテーマについてとりあげて記事を作成していった。そして、その結果を今度はトランスローカルなディスカッションでお互いにシェアしあうという方法です。こうして実際に展覧会が始まる前に、この3つの問いかけに対して活発な議論が行われた。そして展覧会が始まると、世界各国の編集者たちがカッセルに招かれ、今度はカッセルにおいてこの3つのテーマについて議論し、あるいは様々なレクチャーをしたりして、このプロジェクトは続いた。そして、このプロジェクトから、この美術展のための勉強材料として3冊のドクメンタ・マガジンがまとめられ、一般来場者に提供された。
我々は、2007年のドクメンタに際して、ドクメンタUFOがここに一時的に着地するようなやり方だけは避けようと考えた。まるで、一時的に着地したUFOに対して、町が住むところと食べるところを用意するようなやり方は間違っている。
そこで、持続性というものを重視して、ドクメンタ12のための審議会を立ち上げた。この審議会にはカッセル市民50人が2年間参加し、先ほどの3つの問いかけなどについて議論して、ドクメンタがカッセルという市にしっかりと根ざすということを目指した。この審議会のメンバーはいろいろな要求を出してくれ、それは実際、展覧会の開催に生かされた。審議会のメンバー自身による自主的な活動も行われた。たとえば審議会がいつも会合を開いていた郊外にあるカルチャーセンターで、審議会のメンバーがこの地域にとって大切だと考える作品を選んで展覧会を開催した。この展覧会は入場が無料で、いままでドクメンタに足を運んだことがないような近隣の人たちまでもが足を運んでくれた。
芸術というものは、私たちが世界に完全に取り込まれるのでなく、自分達がこの世界の一部だということを見せてくれるものである。美術作品と私たちの間には常に距離、すなわち空白がある。そして通常わたしたちは、その距離というものをどうにかして克服しようする。しかし、専門家ですらこれらの作品に対峙する知識を充分持ってはいない。だからこそ、作品を体験することが重要なのだ。説明パネルは、欠けている知識を補ってはくれない。
アーティストは皆、特殊な知識とかノウハウを身につけた専門家である。それは一般的なものでなく、多くの人にとっては解読できないものであったりする。ここに空白があるということは、そこにどんな意見を持ってきても良いという意味ではない。空白というものは、そこに何らかの境界線があるということを意識することなのだ。その境界を乗り越える時に、素人の持っている境界と、専門家がもっている境界とではそう違わないということが、今回のドクメンタで分かった。しばしば素人の方が境界を乗り越えるのが上手かったりする。そして、こうした空白を埋める、あるいは乗り越えるためには、ドクメンタではいろいろなプログラムを用意した。
そして、なるべく多くの人が集まって意見交換をするために、会場に椅子をたくさん用意した。椅子があると、そこに人が集まってディスカッションが始まる。いずれにしろ、今回のドクメンタに足を運んだカッセル市民の数は過去最高だった。この来場してくれた人たちが空白を容易に埋めることが出来たのは、多くの作品を見てそれらの間の関係を見いだせ、多くの体験を積み重ねた結果なのかもしれない。
今回、ドクメンタ12では、テーマとなった3つの問いかけについて、世界各地で発行されている美術雑誌と連携し、地域性を持った記事を編集して、さらにその記事を抜粋し、再編集したドクメンタ・マガジンが発行された。この、トランスローカルなグローバルネットワークを構築しようという試みは大変興味深い。
また、カッセルの市民による審議会を立ち上げ、彼らに計画・実施の相当部分を任せ、自発的に関わってもらい、その結果、ドクメンタ12を訪れたカッセル市民の数は、前回の2倍になったとのことだ。これら、ドクメンタ・マガジンや審議会は、展覧会終了後も活動を続けており、今後の持続の可能性が期待される。
また、私は、ある言語を知らなければその言語で書かれたものを読むことが出来ないように、美術作品の理解には基礎知識が必須のものと思っていた。一般に、現代美術は難解なものと思われがちな理由も、ここにあると思っていた。しかし、ノアック氏は、我々と美術作品との間にある知の空白の存在を認めたうえで、この知の空白は専門家よりも素人のほうが、やすやすと乗り越えることが出来ることを指摘している。このことは、ドクメンタ12で無名の作家が数多く起用された事とも関係があると考えられ、大変示唆に富む指摘だと思った。
(文責:岩田稔夫)
November 14, 2007
アート・ボランティア講座 第2回 報告 「美術館とボランティア」
アート・ボランティア講座 第2回 報告
「美術館とボランティア」
2007年9月24日(月・祝)ZAIM別館1階 なか区民活動センター研修室
講師:横浜美術館 副館長 三ツ山一志氏
ボランティア体験報告者:はまことり 澤田輝雄氏
アート・ボランティア講座第2回では、ZAIMサポーターズ・スクール第8回にもご登場いただいたアートの教育普及に携わる三ツ山氏より、横浜美術館におけるボランティアの育成と心構え、横浜トリエンナーレとボランティアの関係についてお話をうかがいました。また、さまざまなアート・ボランティア経験のある澤田さんには、体験談と感想を述べていただきました。
横浜美術館では、社会教育施設である美術館の仕事を知ってボランティア活動を実習する「横浜美術館ボランティア学校」が開催されています。2007年度も9月末から隔週土曜日、全12回、約半年間にわたって行われます。内容は、学芸員の仕事について、教育普及活動について、施設の管理・運営についてなど、美術館の事業の学習とボランティア活動実習です。参加者に美術館の仕事を理解してもらうのが目的のひとつですが、参加者の中からボランティアが生まれ、次のボランティアへノウハウの伝達が行われていくことを望んでいるそうです。同時に、美術館職員も参加者にわかるように説明するという点から、職員育成の目的も含まれているそうです。また、ボランティアとボランティアを募る主体(美術館側)との関係について三ツ山氏は、ボランティアは何をしたらいいか主体に尋ね、主体は何を依頼したいかをボランティアに明確に示す必要があると強調されました。「ボランティアの中には、もっと美術館はこうあるべきだという評論家も多いが、美術館の仕事を理解したうえで、こんなボランティアができるのではないかというイメージを抱いてほしい。ボランティアは末端の作業を依頼されることが多いが、全体の中でどのような位置づけの作業かを理解してほしい。そのために主体側もそれをきちんと説明する必要がある。主体もボランティアも双方、感謝の気持ちが得られるのが望ましい。ボランティアが美術館に関わることで美術館が変わっていく。」と述べられました。
また、横浜トリエンナーレ本体は毎回変化するけれども、本体を取り囲むボランティアは繰り返されたり、引き継がれたりして成熟していくことが期待されているとのことです。ボランティアは横浜トリエンナーレの良き広報係であり、現代美術の普及のうえでも重要な役割を担っています。アートを通じて、考えることを面倒くさがらず、労を惜しまず、行動する市民が横浜に増えることによって、横浜市の推進事業としている「文化芸術創造都市クリエイティブシティ・ヨコハマ」が成り立っていくのであろうとのお考えでした。
澤田さんは、横浜トリエンナーレ2005、横浜市民ギャラリー、ZAIM、横浜美術館で、作品制作・解体補助、作品監視などのボランティア経験があり、それぞれの体験を比較して感想をお話くださいました。ボランティア・コーディネートのノウハウを持ち、事前研修が徹底し、マニュアルが洗練されている組織でのボランティア活動は、自分の作業の位置づけがわかりやすく説明されるため、スムーズに作業に取り組むことができたそうです。その結果、ボランティアのやりがいや楽しさがより早く、より大きく見出せたように思うと話されました。逆に、説明不足の場合は戸惑うばかりでなくやりがいが見出せず、時間が長く感じられたそうです。これは、先の三ツ山氏のお話にあった、自分の作業の位置づけの理解がやりがいに結びつくということを裏付けています。また、ボランティア保険の必要性や他機関との連携の有用性、たとえば、横浜市民ギャラリーでは障害者対応のノウハウを障害者スポーツ文化センター横浜ラポールから得ていることなどについても触れられました。
澤田さんにとってアート・ボランティアは、より積極的にアートを楽しみ、視野を広げる手段であり、美術館という社会教育施設を利用した無料で受講できる社会教育と捉えているそうです。これは、まさに生涯学習の本質を実践しているのではないでしょうか。このように、これからアート・ボランティアに参加してみたいと考えている方にとって体験談は、アート・ボランティアの入り口で覚悟を言い渡されたとともに楽しむコツを伝授してもらえたのではないでしょうか。
(山岸泉)
最近のコメント
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もうひとつの横浜トリエンナーレ
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